No.230 ソルティドッグ

年々、夏が長くなって今年もまだ5月というのに既に蒸し暑い。一般的に人は暑くなりかけの頃に冷たいメニューを欲するらしい。身体が慣れていないからなのだろうか。そんな蒸し暑い夕方に、久しぶりにソルティードックを作った。
近頃は柑橘類の種類が豊富で、どんどん新種が店頭に並ぶ。そのせいかグレープフルーツを見かける事が少なくなった。柑橘類が沢山並んでいるので、私が見落としているだけかもしれないが。私が子供の頃、柑橘類のバリエーションはそう多くなかった。みかん、夏みかん、はっさく、伊予柑、洋物ではネーブルとグレープフルーツ位なものだった。日本は農作物の品種改良で優れていると聞くから、苺と同じように産地のそれぞれで新作を作り出しているのだろう。輸送費も掛かる、遠い国から来るグレープフルーツは国産の新種に押されて消費が減っているのかもしれない。
とは言え、ソルティードックにはやっぱりグレープフルーツが欠かせない。搾りたてのジュースにウォッカを注ぐだけの簡単なカクテルだ。ソルティードックは、19世紀末にイギリスで生まれた “ソルティードックコリンズ” が原型とも言われていて、当時はジンとライムジュースに塩をシェイクした物だったらしい。確かにイギリスならウォッカではなくジンなのも頷ける。
名前の由来は、イギリスで “甲板員” を意味するスラングで “Salty Dog” 。潮風や波しぶきを浴びながら働くため塩っぽい彼らの事をそう呼んでいたらしい。ウォッカとグレープフルーツが主流になったのがいつ頃か、は私が調べた限りでははっきり判らなかった。しかし、その後の何度かの大きな戦争が関わっているのかもしれない。そしてジンより香りが穏やかなウォッカをベースにするならライムよりグレープフルーツの方がきっと美味しいだろうと思う。試した事はないけれど。
カクテルのグラスの縁に塩付けるのは “スノースタイル” と呼ぶそうで、見た目のお洒落さと塩加減を好みで調節出来るメリットも含めて、なるほど素敵なアイディアだと感心する。しかし、縁に美しく塩を付けるのは思ったより難しく、プロのようには行かない。ピンクグレープフルーツを使ったので、ピンク色のソルティドッグになった。
使ったグラスは Baccarat(バカラ) のローハンタンブラー。昔、友人から贈られたグラスだ。ぐるりと継ぎ目なく描かれた唐草模様はパリ万博で金賞を受賞した “アシッドエッチング”という手法によるものだそう。揺らした時に氷がグラスに当たる音も涼しさを誘う。

器 Baccarat ローハンタンブラー 径9cm 高9,8cm
作 Bacarrat