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No. 293 巻水 (生菓子)

 出かけたついでに和菓子屋を覗く事がある。目的がある訳ではないけれど、季節の生菓子は意匠を凝らしていて、見るだけで楽しい。今はどんなお菓子が出ているかしら、と覗いてみて、つい買ってしまう事もある。これもそうだ。薄く青みがかった求肥に粒あんが巻いてある。湧水が流れて渦を巻く様を表しているのだろう。お菓子を前にして、その風景が浮かび涼しげな気配を感じる。

 さて、何に盛ろうか考えた。きっと似合う器は色々有るけれど、既にここで紹介したものが多い。そこで、この萩焼を使う事にした。 三輪 休雪 の小皿で、5枚組のもの。厚手に作った板を丸く切って、皿の縁はその切り口を生かしている。すっきりとシャープな印象を受ける。底は小さく、3つのめ跡が丸く土の地肌を見せている。手で作っているので、形も大きさも揃ってはいない。休雪特有の白い釉薬が掛けられているが、その釉薬の掛かり方、流れ方もそれぞれに違うので5枚を並べてみても楽しい。

このお菓子にはこれかしら、と5枚の中から選んでみた。少し前に鳴き始めた蝉の声を聞きながら、よく冷やしたお煎茶と一緒に夏のおやつを味わった。

器 白萩 小皿 五枚組  径13,5cm 高2cm

作 第十一代 三輪 休雪

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No.292 南瓜のポタージュ

 美味しそうな南瓜を見つけて買って来た。砂糖と醤油で煮付けにしたら、味は良いし、この時期にしては水っぽさも無くて美味しいのだけれど、皮が硬い。残りの分は皮を取り除いてポタージュスープを作った。

南瓜だけだと物足りないので、いつも玉葱も使う。薄切りにした玉葱を甘味が出るまで炒めて、その後皮を取って小さめに切った南瓜を加える。水を少し加えて南瓜が煮崩れるほど柔らかくなったら、フードプロセッサーにかけて味噌漉しの網で漉す。良い濃さになるくらいに牛乳を加えて味を整える。少し手間だけれど、漉す事で舌触りが滑らかなスープになる。

 器は伊万里のそば猪口。底に向かって窄まった小振りなそば猪口で、手前と反対側側面に素朴な草木が描かれている。この、逆円錐形の形と高台の作りから、江戸前期の伊万里と思われる。

とろみの有る肌、少し濁りのある白磁の色に南瓜の黄が映える。華奢な器を引き立てようとソーサー代わりに以前(2021/4 No.18)も登場した銀輪の漆皿を使い、ガラスのスプーンを添えた。南瓜や馬鈴薯のスープは底に沈澱しやすいから、混ぜながら頂くのが好ましい。皿の縁の銀色とガラスのスプーンが涼しげに映る。

器 伊万里焼 そば猪口 径7,5cm 高5,5cm

作 不明

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No.291 茄子の揚げ浸し

 小振りの茄子を見つけて、素揚げにした。これをシンプルに生姜醤油でいただくか、出汁醤油を掛けて揚げ浸しで熱々のまま、あるいはよく冷やして食べるか。夏の我が家の定番メニューだ。今日はどちらにしようかと考えたけれど、ちょうど今が旬の万願寺唐辛子もあるので一緒に煮浸しにする事にした。皮目に細かく隠し包丁を入れた茄子、小さく穴を開けて空気の逃げ道を作った唐辛子と生麩も素揚げして、盛り合わせた。これも食べる時におろし生姜を加えると風味が加わって更に良い。

万願寺唐辛子は、関東でもよく見かけるようになった。そのままグリルで焼いて食べることが多いけれど、素揚げにすると色も鮮やかだし、甘味も増して感じる。今回は漬ける出汁醤油に少し大根おろしを加えたので、丸ごとの茄子や唐辛子にも出汁が絡みやすく、美味しくいただいた。

器は萩焼で、大きめな平鉢の向附を使った。桃色の地肌に白く御本が浮かぶ。萩焼の第12代 坂 高麗左衛門 (本名達雄1949〜2004)のもの。先代の11代 高麗左衛門 が亡くなった翌年の1982年に先代の息女と結婚し、更に先代の妻で、結婚した娘の母である幸子と養子縁組をし、萩藩御用窯の坂窯を継いだ。達雄は東京生まれで、東京芸術大学の日本画を学んだ後に陶芸の道に進む事になったらしい。坂窯伝統の井戸形茶碗をはじめ、日本画の要素を活かして花などを描いた萩焼も残している。この向附は、萩の土と窯の火が作り出した萩焼らしい、華やかな器だ。

器 萩焼 輪花組鉢  径17cm 高4,5cm

作 第十二代 坂 高麗左衛門

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No.290 コーヒータイム

 地元のスーパーで、眼について思わず手に取ったマドレーヌ。子供の頃の好物だった。今は美味しい洋菓子が沢山あって、記憶の底に埋もれていたけれど、見つけたら買わずにはいられない。現在頃また流行っている昭和レトロそのもの、のような花柄の紙箱。神田精養軒は2009年に倒産し、その後ファンの熱い要望で復活したそうだ。今どきはマドレーヌと言うと、いわゆるマドレーヌ型で焼かれたフランス菓子。シェル形の平たくて丸味のある形だけれど、ここのマドレーヌは小さいカップケーキ形で、盛り上がった形が特徴。当時はマドレーヌ型など知らないから、この形がマドレーヌと思い込んでいた。

少し厚手のしっかりした銀色のカップに入って、底から縁に向かってギザギザした凹凸、そこにタネを絞って焼き上げるから山型に盛り上がってあの形になるのだろう。今も同じ、変わらぬ形と大きさに焼かれたマドレーヌだけれど、カップは銀色ではなく紙に変わっていた。

 このマドレーヌは1965年に誕生したらしい。私が子供の頃はこのマドレーヌとアーモンドピットがとても好きだった。どこか百貨店などに出掛けて見つけたらねだって買ってもらう、そんなお菓子だった。卵たっぷりの黄味の濃い生地にバターが香って昔と変わらぬ美味しさだ。濃いめのコーヒーを淹れて味わった。

 マドレーヌに合わせて、小さめのカップ&ソーサーを使った。Clarice Cliff (クラリス クリフ England)のもの。カップの尖った持ち手やポットの形状はいかにもアール・デコ調で可愛らしい。幾何学で構成された形状に、筆のタッチが残る優しい色使いの花が描かれている。Clarice Cliff は、もっと強い色の印象がある。それが “らしさ” ではあるけれど、かなり個性的でもあるので使うにもパワーが必要。この Clarice Cliff は安らぎの時間に似合う器だ。

我が家には、このカップ&ソーサーが4客とポットが有る。作られた時代の “モダン” が詰まっていて、どんな場面で使われていたのだろう、と映画のワンシーンの様に思い浮かべて楽しんだ。

器 花柄 カップ&ソーサー と コーヒーポット 

カップ径7,5cm 高5,8cm ソーサー径12,5cm 高1,8cm ポット幅16cm 厚7,5cm 高19cm

作 Clarice Cliff (ENGLAND)

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No.289 壬生菜ご飯

 午後に出掛ける予定が有って、早めに、手軽に昼食を済ませたい時がある。忙しいから時間をかけて用意したり、後片付けをする暇がない。そんな時は、朝食の後片付けの時におむすびを作っておく。卵焼きと常備菜の蓮根のきんぴら、漬物などを一皿に盛り合わせる。これなら常温でそのまま美味しくいただける。ご飯やおかず、と何皿もレンジで温める必要もないし、食後の片付けも楽。冷凍してある出汁入りの味噌と具材を熱湯で溶いて自家製即席味噌汁も加えれば、お手軽ランチの出来上がりだ。

おむすびは、漬物の壬生菜とちりめんじゃこ、白胡麻の混ぜご飯。若い頃、お弁当によく作っていたお気に入りのレシピだ。家族が京都へ出掛け、この壬生菜と大好きなお店の柴漬けを買って来た。忙しい時の賄いランチではあるけれど、この一皿に私の好物が詰まっている。

 盛り合わせたのは、御本の皿。縁がないので盛り沢山に盛っても形になる。作ったのは杉本 貞光(1935〜)。生まれは東京だが、33歳の時滋賀県、信楽に穴窯を開き茶陶の制作を始めた。その6年後、京都の大徳寺 立花 大亀 老師に師事し禅の教えと “侘び寂び” の世界を学んだそうだ。この 寺垣外窯(てらがいと かま)の名の由来もその辺りに有ると思われる。『垣外』は垣根や塀の内外、或いは周囲を意味する言葉だ。聞いたことのない言葉だったがまたひとつ学ばせてもらった。

杉本 貞光はその後も伊賀、長次郎風の黒楽、光悦風の赤楽、高麗茶碗などを研究し、現在もその制作を続けていらっしゃる。大亀老師からは『桃山に帰れ』との言葉を賜ったそうで、その教えに励んでおられるようだ。1990年代からは海外でも個展を開かれている。

この皿のような『御本』は茶碗は有るけれど、皿は珍しいのではないだろうか。飾り気のない優しい美しさに気持ちが落ち着く。時間がなくて忙しい時でも、お皿一枚なら大事に扱える。慌ただしい食事の時間も眼と気持ちは楽しみたい。

器 御本 丸皿  径17cm 高1,5cm

作 寺垣外窯 杉本 貞光

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No.288 茄子の肉味噌

 旬を迎えた茄子。八百屋の店先にはいくつもの種類の茄子が並んでいる。料理によって、焼き茄子や漬物、と使い分ける。時々見かける ”とろ茄子” と言う名前で売られている皮の白い茄子を買って来た。径が8センチほどの太さが有り、皮が張って艶があって美しい茄子だ。

厚めの輪切りにして、香りの少ない白い胡麻油で両面を焼いてからお出汁で煮たら、身は名前の通りとろっとしてとろけるようだ。このままでも美味しいけれど、山椒の実をピリッと効かせた鶏ひき肉の味噌を乗せて食べることにした。

 使った器は古染付。手の付いた花籠に生けた花が見込みに描かれ、器の縁に沿って細い二重の線が回されている。呉須の一色しか使われていないけれど華やかだ。細かい装飾的な絵は加えられておらず、すっきりとした印象を与える。箱は無く、我が家には2客しかない。ふと目に入る度に、なぜか気持ちが浮き立つ。梅雨のどんよりとしたお天気にはこんな器を使って楽しみたい。

器 古染付 花籠向付  径14cm 高4,5cm

作 不明

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No.287 蛸の酢の物

 直径が20センチ程の丸い皿の縁を、大胆に切り取って作ったのだろう。轆轤目が残る舟型の皿は、第二代 清水 六兵衛 のもの。箱も無く、数も揃っていない。3脚有る皿はそれぞれに入(にゅう)やホツ(欠け)が複数あってかなり傷だらけ。とは言え、とても魅力のある皿だ。全体のピンクがかった肌に、窯の中で焼いた時に現れる丸く色が抜けたように白い斑点が散っている。

一度丸く作ったらそれで完成でも良いものを、と思ってしまうけれど、きっと作者には丸い器の中にこの形が隠れているのが見えたのだろう。縁の切り口は水平で、鋭い断面がシャープな印象を与える。他の土を使ったこの形の皿が有っても、きっと素敵だろうなと想像する。備前とか、唐津とか。でもこの優しい色が、このシャープな造形を引き立てているのかもしれない。口周りの鉄釉の幾何学な線が色と形を引き立てている。

 夏至が過ぎ間もなく半夏生を迎える。半夏生は夏至から数えて11日目からの5日間を指す。昔は、半夏生までに田植えを終える、と言った暦の上での目安だったそうだ。各地で食習慣の違いが有るが、関西では稲の根が良く根付くように、と8本足の蛸を食べる風習が有ると聞く。梅雨の最中、さっぱりした酢の物が食べたくなって胡瓜とわかめに真蛸を添えた。

器 舟形小鉢  径14x10cm 高5,5cm

作 第二代 清水 六兵衛

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No.286 水茄子の浅漬け

 近頃は茄子も種類が多い。元々、地域性のある品種はその地方の料理として訪れた時の楽しみであったのだけれど、今は地元の八百屋でも手に入る。私が子供の頃から食べていたのは宮城の長茄子漬け。両親の由来が仙台なので、馴染みがあった。焼き茄子に適した長茄子は主に九州、熊本産で長さが50センチ程もある。こちらも今や地元の八百屋で手に入るのだけれど、宮城の漬物の長茄子は長さがヘタを入れても10センチ程と小さく、形のまま漬け込まれている。

こうしてみると茄子の漬物は多い。長茄子漬けに泉州の水茄子、柴漬けにも茄子が入っている。イタリア料理や地中海料理、中華料理にも茄子は欠かせない。油と相性が良い反面、油っ気の無い漬物でもその実力を発揮する、茄子は不思議な野菜だなあと改めて考える。

今年も水茄子が出て来たので浅漬けを作った。使った小皿は瀬戸の加藤 春岱(1802〜1877 かとう しゅんたい)。多彩な手法を使いこなした方らしいが、この皿は型もの。轆轤でひくのではなく、土を型にはめて作られている。見えにくいのだけれど、見込みと皿の縁に凹凸で模様が付けられている。散っている黒い点は、鉄釉を吹墨で散らしたもの。呉須の吹墨は良くあるけれど、私はこの色だとすぐには吹墨と判らなかった。

 江戸から明治にかけて瀬戸焼の陶工だった春岱は、瀬戸赤津御窯屋三家の一つの仁兵衛家の16代(15代とも)弥宗右衛門景典春山を父に持つ。春岱は技能の高い陶工だったがその人生は紆余曲折だったらしい。その腕を持つ春岱がこの型ものの皿をどんな経緯で作ったのだろう。

轆轤で引いた、陶工の腕を魅せる味のある器とは違うけれど、それとは別の素朴で親しみやすい魅力がある。薄くて形も揃うので、実用的な使いやすさがある。

器 瀬戸 型物 吹墨小皿  径12cm 高2cm

作 加藤 春岱

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No.285 青梅 (生菓子)

 我が家の梅の木になる青梅が、そこに置いてあるのかと思うような生菓子を見つけた。透き通るような翡翠色、大きさも程よい。並べてみたくなって買って来た。中は白餡、外側を青梅色のぎゅうひで包んだお菓子は舌の上で優しい甘さが広がる。さて、何に盛ろうかと考えた。

 これは鷺だろうか。白い鳥が蹲っている。灰色がかった地肌に白い釉薬が、皿の見込みのかなりの部分を覆っている。身体全体を現す細かい描写は無いけれど、鉄釉で描かれた嘴と眼、尾の羽だけで鳥と判る。眼の描写もはっきりしないのだけれど、鳥の視線はこちらに向けられているように見える。

残念ながら皿の一部は割れていて、共直し(ともなおし)でつけられている。皿は 永楽 妙全 の作と思われるが、大事に扱えば直しがあっても支障はない。肩肘張らず、お茶菓子を盛るのにちょうど良いようだ。透き通る青梅の緑が良く映える。

器 鳥小皿 径11cm 高2,8cm

作 永楽 妙全

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No.284 蕗

 今年の我が家の裏庭の蕗の薹は不作だったけれど、蕗はいつものように生えて来て、細いながらも食べごろに育ったので、お出汁で炊いて煮物にした。

蕗の上に茂る白梅の木には、沢山の実が付いている。昨年大量の実がなったから、今年は少ないものと思っていたのだけれど、意外にも今年も豊作。近頃の暑い夏の気候が合っているのだろうか。そろそろ梅仕事も始めなくては、と頭上を眺めつつ蕗を収穫した。

 使ったのは 仁阿弥 道八の絵高麗の小皿。鉄釉で描いた後で、釘で線を加える、鉄釉を削って地肌の色を露出させる技法だ。箱も無く、4枚ある皿は皆どこかに入(にゅう)が有って、ずいぶん使われて来たのだろうと感じる。大きさも手頃で、とても使いやすい。以前の持ち主達もよく使ったのだろうと想像がつく。

 我が家で育つ蕗は、八百屋さんの店先に並ぶ物と比べると太さは半分もなく、皮を剥いたら割り箸程の細さだけれど、毎年の季節の恵みを大事にいただいた。

器 絵高麗 小皿  径11,8cm 高2,5cm

作 仁阿弥 道八