No.34 カルピス
夏の暑く晴れた日に飲む冷たいカルピスは、どこか懐かしく、ほっとする美味しさだ。原液を水か炭酸で薄めるのも、好みの濃さに調節できる合理性が有る。予めそのまま飲める濃さに作られたペットボトル飲料が発売された時は、その企業戦略になるほど、と思ったけれど家で飲むならこちらが良い。私は濃く作って、飲むうちに氷が溶けて薄まっても最後まで味がしっかりしているのが好きだ。
京都のお店で、このコップの作者で現在もご活躍のガラス作家、江波冨士子さんのガラスコップに初めて出会った時、私はこれでカルピスを飲みたい、と思った。それも同じ鯛のモチーフのものだった。あいにく、そのコップは既に行き先が決まっていたので、そこに有った江波さんの他の作品を見せていただいた。草花のモチーフのものなど、どれも素敵だったのだが、私はどうにもその鯛が気に入っていた。
そうは言っても、とても手の掛かる技法で作られているので、すぐに次がある訳ではない。お店にお願いして作っていただくように注文した。それから半年?いや一年、一年半くらいが経った頃、出来ました、と連絡を頂いた。
その時にいただいたのが、もう一つの私が一目惚れしたコップだ。この写真で言うと、中位の大きさの鯛が全面に泳いでいるもので、その後暫くしてご縁があって写真のコップもいただく事が出来た。そして今、その2つのコップが私の手元に在る。
このコップ、ムリーニという細工の手法で作られている。江波さんのネットの連載『一粒のムリーニから』の受け売りだ。古くはローマ時代 (材料と詳しい手法はよく解っていない) に作られていたというムリーニが、19世紀のルネッサンスの影響を受け、ベネチアのガラス職人が再現しようと試みたのだそうだ。今もイタリアで受け継がれている手法や作風は、江波さんが生み出した独自のものとは異なっていて、彼女がガラスを学んだアメリカにも、イタリアにも同じものは無いらしい。
細かいモチーフ模様のガラス片を並べて、熱を加えて一枚の面に作り変える。ひと言で言うとそういう手法だそうだが、言うのは簡単ながら、とんでもない手間と高度な技術の成せる技かと推測する。
器 鯛 ガラスコップ 径8cm 高9,3cm
作 江波 冨士子