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うつわ道楽

No.74 糠漬け

 私は大人になるまで、いわゆる漬物はほとんど食べたことがなかった。前にも書いたが、私の母は漬物が苦手で、家では母が作る軽く塩で揉んだだけの浅漬けしか出て来なかった。私も自然としば漬け、糠漬け、たくあんの類は食わず嫌いとなっていた。が、働き始めて外食の機会が増え、国内外問わず出張で色々な地域の食を知るようになり、漬物だけでなく殆どの好き嫌いが無くなった。

とは言え、漬物は自分で漬けたことはなかった。しば漬けや水茄子の漬物は好きで、買って食べてはいた。でも、糠漬けは特に好きだった訳ではない。それがなぜか1年ほど前から時々食べたくなる事があった。酸味が強いのは苦手で、売っている糠漬けには手を出せずにいた。そんな時、MUJIで糠床がパックで売られているのを見つけた。容量の多いものの他に、その補充用に売られている少量のパックが有り、試してみる事にした。お弁当箱ほどの容器に丁度良いくらいの少量の糠は、糠床として完成しているので、野菜をただ漬けるだけ。最初の糠漬けステップとしては気軽に始められる。それを何度か繰り返していた頃、筍の季節がやって来た。送られてくる筍を茹でる準備として、お米を注文するタイミングでお米屋さんに米糠を分けてもらえるか聞いてみたら、最小単位で500g。筍を茹でるのに使うには多すぎる量だけれど仕方がない。筍が来ても準備万端、と思って待っていたら到着した筍には茹でる時に使う米糠がちゃんと入っていた。とても親切だ。結局、筍は一緒に来た米糠で茹で、使わなかった500gの米糠をどうしたものか、と考えながら数日経った頃、この際、糠床を作ってみてはどうだろう。と思い付いた。

ネットで糠床の作り方を調べたら、米糠、塩、水の他に煮干しや昆布、鷹の爪、実山椒を混ぜて、捨て漬けなどしながら三週間ほどかかる。保存食作りは好きだし材料も有る。何よりやってみたい気持ちが高まり、早速トライした。そして無事、レシピ通りに初めての糠床が出来上がり、本漬けを始めて早くも数週間が経った。まだまだ好みの味も定まらず、迷いながらだけれど、塩も馴染んでまろやかになって来た糠床。少量ずつ色々な野菜を漬けて楽しんでいる。食卓に一皿増え、彩りと味覚のバリエーションが加わって楽しい。

胡瓜、人参、蕪の糠漬けを盛ったのは、仁阿弥 道八の鉄絵の小皿(No.28の回で刷毛目のぐい呑みを使用)。素焼きの素地に白薬を掛け、それに鉄釉の濃茶で絵を描き、更に釘で線描きをして下の層の白を出す。色を加えるのではなく、削るのだ。そう言えば昔、図工の授業でクレヨンを塗り重ねて釘で絵を描いた事があった。あの技法だ。絵高麗(えごうらい)と呼ばれるこの皿は、中国や朝鮮で作られていたものが日本に伝わった。伝わって来たのが朝鮮からだったために、この名が付いたそうだ。柔らかい表面感と大らかな絵柄に、瑞々しい漬物が美味しいそうに映る。さて、次は何を漬けよう。出始めた泉州の水茄子を買って来ようか。

器 絵高麗小皿 径11,5cm 高2,5cm

作 仁阿弥 道八

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No.73 アスパラガス

 柏の葉を模った皿。葉脈がくっきりと盛り上がり浮き出している。裏には脚が3本。葉の縁が抱え込むように立ち上がり、葉脈に沿って緩く弧を描く。皿だけ見るとまるで彫刻のようだ。これは、交趾(こうち)と呼ばれる技法の陶器で永楽 妙全(14代 善五郎である得全の妻で本名は悠。以前No.23,65の回でも使用)のものだ。

交趾の名前の由来は江戸時代中頃、交趾船という現在のベトナムのコーチシナ(交趾支那)から東南アジアを結ぶ貿易船によって長崎にもたらされたのでこう呼ばれるようになったらしい。そのため、長い間ベトナムから来た陶器と思われていたのが、近年になって中国福建省南部で作られていた事が判ったそうだ。

当時、貿易船によってもたらされる最先端の中国文化は京都の公家や僧侶、文化人に大きな影響を与えた。交趾焼は茶人に好まれお茶席で使われるようになり、その頃生産が増えて来ていた京焼きがその技法を模して、その後京焼のひとつの手法として定着したものらしい。広くは、中国の三彩などで建築物を飾る陶器の人物像なども交趾と呼ぶらしいが、日本では器や花器の表面に、生地で盛り上がる細い線の模様を作り、そこに黄、緑、青、紫、白を使って彩色したものを指すことが多い。この皿は、彩色はせずに一色で仕上げている。

この柏の意匠の皿は、永楽 善五郎の他の代でもよく作られていて、大きさが少し違ったり、色が違う。本で調べたら、11代 永楽 善五郎、保全のもので萌黄色の五枚組のものを見つけたが、それはこの皿に比べてひと回り大きい。

我が家のこの皿は揃いではないが、一枚だけ見ても迫力がある。今が旬の太くて色鮮やかなアスパラを盛ってみたら思った通り、この深い紫色に映える。軽く茹でたアスパラは、そのままでも美味しいけれど、今日は茹で卵とケッパーを細かく刻んでタルタルソースを作った。鮮やかな色と鼻に抜けるアスパラの香りを楽しんだ。

器 紫交趾釉柏葉皿 長25,5cm 幅14cm 高5cm

作 永楽 妙全

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No.72 ピクルス

 昔、就職して働き始めて少しした頃、同期の仲良し4人でいつもお昼休みにお弁当を食べていた。地方出身のひとりを除いて私達3人は実家組。母親が作ってくれたお弁当だ。その実家組の中のひとりのお弁当に、時々ピクルスが入っていた。胡瓜のピクルスだ。私の母は漬物嫌いで、ピクルスどころか和食の漬物さえ食卓には出て来ない。一切れ貰って食べてみたら作ってみたくなり、その友人に頼んでお母様にレシピを教えていただいた。

そのレシピは、砂糖を使わずさっぱりしたものだったが、好みで砂糖を、と添書きがあり、少し甘めの味付けに工夫して我が家の定番となった。時代と共にピクルスもメジャーになり、様々なレシピや、ピクルス用にブレンドしたハーブ&スパイスも出回っているが、私が作るのはいつもこのシンプルな味だ。漬ける野菜は昔に比べて種類が増えた。胡瓜はもちろん、カリフラワーにセロリ、人参、今の時期だけ出回るヤングコーンはピクルスにしてもシャキシャキの歯触りで美味しい。色とりどりのパプリカを入れることも多い。ガラスの瓶に彩り良く詰めると、見た目も美しく冷蔵庫を開けて目に入った時も楽しめる。

 ペイズリーの様な形の皿はPOOLE(プール)。POOLEは、1873年、イングランド南西部の海沿いドーセット(Dorset)地方のプール港近くの岸壁に作られた陶器メーカーだそうだ。Susie Cooper(スージー・クーパー)ほど日本では知られていないが、同時代にイングランドの陶器メーカーとして生産されていたブランドだ。時代背景もあり、1920年代の頃はPOOLEもデザイナーを入れてアール・デコのデザインの皿や花器を作っている。私はこのアール・デコ期のものが好きで、他のPOOLEの製品はよく知らないのだが、調べてみたらロンドンの地下鉄の駅のホームの壁に使われ、駅名を示すタイルなども作っていたと言うから、食器や花器だけでなく幅広い意味での陶器メーカーなのだろう。

厚手の滑らかな素地、ぽってりした重量感、マットな表面が特徴で、簡素ながら可愛らしい花が描かれている。見ているだけで気持ちが温かくなる。食物を盛らなくても、テーブルに置いて小物入れとして眺めるのも楽しい。

器 花柄小皿  径18cmx8,5 高2cm

作 POOLE

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No.71 中華粽(ちまき)

 端午の節句。五節句のひとつで、菖蒲の節句とも言われるそうだ。端、は最初という意味があり、5月の最初の午の日を指す。現在はグレゴリオ暦で毎年5月5日と決まっている。女の子の雛祭りに対して男の子の成長を願う日として定着しているが、今の時代、子供とはいえここまではっきり男女の区別をするのは躊躇したりもする。が、これらは日本で奈良時代に始まった風習だ。文化として深くこだわらずに受け継いで行きたいものだ。

この日に食すのは、柏餅や餅を甘く味付けて笹の葉で巻いたちまき。これは日本の風習で、中国では餅米を竹の皮で包んだ粽を食べることも有るらしい。昔、よく作った中華粽を久しぶりに作ってみた。餅米と豚肉、筍、干し椎茸、干し海老、中心にはうずらの卵。簡単に出来るつもりが、竹の皮で包む所まで来て苦戦した。包み方は覚えているのだが中々上手くいかず、料理も普段からの訓練なのだと感じる。

この脚付きの青磁の鉢。箱には『青磁石菖鉢』と有り、以前の持ち主が札を付けている。このような鉢は、本来食物を盛るのではなく立花など花を生けるためのもの。中国、元の時代の物で、根津美術館蔵のものとよく似ている。花器なのは解っているけれど、粽を盛ってみたくなった。ちょうど食べたいと思っていたところだ。

3本の脚に支えられて、大きく開いたこの青磁の鉢は、天竜寺青磁とよばれるものだ。天竜寺船によって日本に渡って来たことに由来してそう呼ばれると言う説が一般的だ。そういえば日本史の教科書でその名が出て来た記憶がある。調べると、中国浙江省の竜泉窯(りゅうせんよう)で作られた青磁のひとつの様式で、室町幕府が、天竜寺造営のため明に派遣した貿易船が、この種の青磁を大量に持ち帰った事からこう呼ばれるようになったと。だが一説には、夢窓国師が天竜寺に伝えた香炉が高名だったため、との説もあるらしい。どちらにしても危険な船旅ではるばる大陸から海を渡って来て、長く大事に扱われて来たのだと思うと感慨深い。

青磁の色味は、もっと青が強かったり、黄味にに濁っていたりする物も多いけれど、この鉢の沈んだ緑の透明感と深味のある色合いが美しい。

器 青磁石菖鉢 径27cm 高9,5cm