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うつわ道楽

No.87 鱧と冬瓜のお吸い物

 冬瓜。夏に収穫され、夏が旬なのになぜ冬の瓜なのか不思議に思っていた。収穫して数ヶ月保存が効くので、冬でも食べられる事からこう呼ばれたらしい。私が初めて冬瓜を知ったのは、若い頃に出張で行った香港だ。取引先に連れて行ってもらったチャイニーズレストランでいただいた冬瓜のスープ。中身をくり抜いた冬瓜本体を器にして、干し海老や貝柱を使った、深みのある美味な中華の出汁で煮込んだ冬瓜が入っている。見た目のインパクトも衝撃的で、また初めて食べるスープの沁みた冬瓜が美味しくて強く印象に残っている。思えば、とても景気の良い時代だったのだ。普通に陶器の器に入った同じメニューも有るが、多分プラスアルファの価格で器を冬瓜で供するサービスが有ったのだ、と何年も経ってから気が付いた。

その後、暫くして地元の八百屋でも冬瓜を見掛けるようになった。和食でもよく使われる食材だと知り、好んで使うようになった。あの、最初に口にした冬瓜のスープの味は無理だけれど、和風のお出汁で煮たり、鶏挽肉で餡掛けにしたり。暑い日はそれを冷やしても美味しくいただける。冬瓜自体にはほとんど味が無いので、味付け次第で色々楽しめる。加熱すると半透明になるので、見た目の涼しさも夏向きだ。

その冬瓜と鱧でお吸い物を作った。お料理屋さんならもう少しお上品に盛るはずだけれど、どうしても欲張る。冬瓜も鱧もたっぷり盛り、吸い口にかぼすを添えた。鱧の上品な味わいとほんの少しの脂が加わり、とても美味だ。

使った器は溜塗の漆の碗。石川県の山中温泉辺りで作られているので、山中塗の名で通っている。作者の辻 石斎は、初代が天保11年(1840)に木地師(漆を掛ける前の下地作り。木を削って造形する職人)としてスタートしたが、後に漆に転向したのだそうだ。この碗は、二代の作かと思われるがはっきりしない。加賀藩という土地柄、茶道との繋がりが有り、関連のお道具も多く作ったらしい。この碗も、茶懐石に使われる懐石道具だ。箱には虎渓好みの飯碗と書かれている。虎渓についても調べてみたが、解らなかった。その時代の数奇者だろうか。茶懐石で言う飯碗とは、一文字のご飯を盛るための碗という事だが、大振りの汁物碗として使った。

器 虎渓好飯碗 五客

作 辻 石斎

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No.86 鱧

 関東で生まれ育った私が鱧を知ったのは、父の転勤で数年の間、関西に引っ越した頃だったろうか。住んだのは京都ではなかったのでそれほど身近ではなかったけれど、関東にいるよりは鱧に関する情報は多かった。数年で生まれ育った実家に戻って来たので、実際に鱧を口にしたのは大人になってからだったと思う。今や地元の魚屋で、開いて骨切りした鱧が買えるようになった。今年も季節になってから既に何回かいただいているけれど、今日は湯引きした鱧に梅肉のたれを掛けた。京料理でも定番の料理ではないだろうか、お料理屋さんで何度もいただいたことがある。

鱧の骨切りは、専用の鱧切り包丁を使用し、一寸(約3cm)に26筋の切り目を入れられるようになると料理人として一人前、と言われるのだそうだ。その骨切りの技術を持たないため、鱧は京都以外の地域で中々出回らなかったという。今はその技術も広まって来たということだろうか。

 近頃人気のある習い事の中に、金継ぎがあると知って驚いた。サステナビリティの流れに加えて、直しがアクセントになってお洒落、と若年層にも受け入れられているようだ。古い器やお道具に直しは付き物で、金継ぎ職人が居られて、古くからの技術が受け継がれている。ホツ(欠け)や入(にゅう、ひび割れ)の修理として漆に金や銀を使って直す。今は、漆に代わる樹脂などが有って、素人でも手軽に出来る手法、という事だと思う。が、それが習い事と呼ばれていることには少し戸惑った。もちろん大事なもの、気に入った器を修理して使い続けることはとても歓迎出来る事だし、そうして残って来た器を好んで使っている私にとっても喜ばしいことだ。器やお道具だけでなく、ニットや布の衣服にも、ダーニングという金継ぎと同じニュアンスの修理があり、最近は人気が有るようだ。

この、金継ぎのある小皿は唐津。そこそこ古い物ではあると思うが、いつの、誰の、というような能書のある皿ではない。素朴な唐津焼の皿だったのかもしれない。が、いつの時代だろうか新しくはない、しっかりした厚みのある金の直しが、更にこの皿の風格を増している。これぞ金継ぎの魅力、と思う。

器 唐津焼小皿  径11,5cm x10,5cm 高3,5cm

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No.85 ゴーヤチャンプルー

 沖縄料理で知られる代表格はゴーヤチャンプルーだろうか。今年は沖縄返還から50周年の節目に当たるそうだ。その沖縄の野菜も今や栽培自体が本州でされていて普通に八百屋で手に入る。ゴーヤの名が定着しているが、少し前までは苦瓜という名もよく耳にした。その名の通り、ウリ科の植物の実で、熟す前の青い状態で収穫した物がゴーヤだそうだ。沖縄の野菜だけあって暑い時期の食材として理に適っている。ビタミンCとカリウムが豊富で、苦味の成分は胃液の分泌を促し、夏バテにも効果的だとか。いつも思うのだが、その土地に根付いた食文化は身体にも、味覚にも本当によく出来ている。長い時を経て作られてきたのだなあと改めて感心する。

ゴーヤチャンプルーは、ゴーヤと島豆腐(沖縄の水分の少ない硬めの豆腐)、野菜や豚肉などを炒めて卵を加えた料理だ。沖縄の言葉でチャンプルーは炒めるという意味だそうだ。ゴーヤは手に入っても島豆腐は身近に無いので、木綿豆腐を少し長く水を抜いて使った。トッピングには削り鰹。鰹の香りとゴーヤの苦味が程良く、とても美味しく出来た。

私はゴーヤは嫌いではないし、夏には時々食べたくなるのだが、この苦味を好まない家族も居て買う事はあまりない。このゴーヤは、以前の職場で一緒だった後輩からいただいた。彼女のご両親がご実家で家庭菜園をやっていて、そこで収穫したのだそうだ。家庭菜園とは思えない程の出来だ。ゴーヤの他にも玉葱や馬鈴薯も沢山頂戴し、ありがたくいただいている。

この皿は備前焼。親子で人間国宝となった藤原 啓、藤原 雄という備前焼の陶芸家が居るが、その息子の方、雄さん(1932-1996)の作品だ。備前としては明るい色の土を使っていて、豪快で華やかな紅の緋襷(ひだすき)が力強い。素朴だけれど生命力を感じる料理によく似合う。

器 備前火襷大皿 径26cm 高5cm

作 藤原 雄

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No.84 焼酎のロック

 大分県特産のかぼすが、今年も親戚から届いた。大きくて、皮は緑が深く果汁がたっぷり。既に何度も魚の塩焼きなどの料理で美味しくいただいている。だが料理ではなく、この焼酎のロックにスライスしたかぼすを浮かべるのも美味しい。一度、メキシコのコロナビールを気取ってビールに絞ってみた。柑橘の香りが香って夏向きではあるけれど、少し苦味が強くなるので、私はこちらの焼酎のロックが気に入っている。

 このバカラのタンブラーは、現代の物でアンティークではない。しかし、バカラ自体の発祥は1764年だそうで、260年近い歴史があると知って驚いた。バカラは、フランス北部のロレーヌ地方、バカラ村のクリスタルメーカーで、ルイ15世の認可によって創設された、と公式HPに記載がある。世界史で学んだブルボン王朝第4代フランス国王、ルイ15世。260年前だものなあ、と気が遠くなる。260年前の陶器はそれほど珍しくはないが、その時に出来たブランドが、今も変わらず同じアイテムを作り続けているのは凄いことだと思う。

バカラの近世のグラスを使って、いつも感じるのはその重さだ。クリスタルは元々ガラスより重い上に、バカラのグラスは、底の部分が厚く作られ、底に近い部分もグラスの口よりかなり厚みが増している。だから全体の重量も重いけれど特に下部に重量感があり、それが持った時の安定感、机に置いてあって倒れる事はまず無いだろうという安心感に通じるのだと思う。

我が家には古いバカラのグラスや器は他にも在るが、こういった大きめのタンブラーは最近のデザインなのだろう、古いものを見掛けることが無い。大きい透き通ったタンブラーに氷をたっぷり入れて、透明な焼酎を注ぐ。瑞々しいかぼすの断面が一層清涼感を感じさせる。

器 BACCARAT クリスタルタンブラー 径 10cm 高12cm