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うつわ道楽

No.118 真鯛の汁椀

 何かとお祝いごとの多い季節。お祝い事に使われる真鯛は春の旬を迎え、魚屋の店先で多く見かける。近頃は養殖技術が進んで、天然ものと変わらない価格で売られている。確かに味も遜色無いし、私などは表示がないと味では見分けがつかない。私の誕生日も今頃なので、お祝いに真鯛を汁椀に仕上げた。

 鯛の美味しさに目覚めたのは大人になってからだった。白身で淡白。でもその中に上品な旨味が有り、出汁にも良い味が出る。やはり舌も大人になったのだろう。鯛を湯引きしてお出汁で軽く煮る。菜の花を合わせようと思ったら、もう旬が過ぎていたので菜花を使った。菜花は菜の花の少し育ったもの、と思っていたら青梗菜の花だと八百屋のお兄さんに教えられた。だから苦味が無いんだ、と。確かに癖が無くて食べやすい。

使った煮物椀は、闇蒔絵(やみまきえ)という手法の黒漆の椀。作者は山本 春正(しゅんしょう)という蒔絵師で、代々長く続く家柄だが、その中の何代の作品かは箱に明記も無く、歴代の印も同じなので判断がつかない。が、箱に『不見斎(ふけんさい)好み』と在る。不見斎(1746-1801)は裏千家の9代で江戸後期の人物だから、多分この時代の春正の作か、と推測する。この頃は第5代春正(1734-1803)の頃だから、おそらくこの5代の作ではなかろうか。

闇蒔絵、とは黒漆の上に同じ黒漆で蒔絵が載っていて、どちらも黒だからこう呼ばれるらしい。この椀は、蓋の表に菊が描かれていて、細く美しい線で一枚ごとの花弁が表されている。蓋の高台の径が大きく、浅めなのもこの菊紋の意匠を生かしているのだろう。この高台にも、細い線の花弁が描き込まれている。角度を変えて、際立つ菊の花を眺めてうっとりする。蓋を開けると、黒の漆が中の料理を美しく引き立てる。真っ黒な蓋にこんな繊細な絵をつけるなんて、なんとも気品のある器だと感心する。

器 不見斎好 闇蒔絵 菜盛椀 径13,5cm 高8,5cm(本体5,5cm)

作 山本 春正

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No.117 いなり寿司とかっぱ巻

 例年より早く桜が咲いている。関東ではもう満開を迎えようかという時期なのにお天気には恵まれず、青空の下でお花見は出来そうにない。仕方がないから家でお花見気分をと、いなり寿司とかっぱ巻を作ってお弁当に盛り合わせた。

いなり寿司は、お揚げを甘辛く煮て酢飯を詰めただけなのに、ふと食べたくなる味。シンプルでありながら完成された料理だ、と食べる度に感心する。かっぱ巻もそう。酢飯と胡瓜を海苔で巻いただけ。こちらには少し山葵を効かせて白胡麻も加えて巻くのが私の好みだが、具が何か味付けされた胡瓜でもなく、細く切っただけの胡瓜でこの完璧な料理に仕上がっている所がすごい。

一体誰が考えたのだろう、と調べてみたら早稲田にある寿司屋で『八幡鮨』というお店が元祖らしい。河童は胡瓜が好物だから、名前が『かっぱ巻』なのは想像がつく。生の胡瓜を海苔巻の具にしたのは戦後の食糧難の頃だと言う。寿司ねたにも苦労した時代に生み出された料理だった。そんなかっぱ巻は、高級な寿司屋にも必ずある。どんなに良い寿司ねたが揃っていても、かっぱ巻を食べたい人が多いのだろう。

盛り付けたのは半月形の漆の弁当。蓋の字は松坂 帰庵(まつざか きあん 1891[明治24]〜1959[昭和34])という岡山の真言宗 法界院の僧侶で、書や絵画、陶芸、短歌に優れた方だという。本体の弁当の作者は不明で、ご本人ではないと思うが、手彫りの質感を生かした大胆な凹凸に黒の漆の字が載って力強い。

器 漆 半月弁当  径22,5x22cm 高5cm

作 松坂 帰庵

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No.116 シュープレーム

 少し気取ってフランス料理のシュープレームを作った。伝説の家政婦、志麻さんの簡易レシピを参考にした。いつもはクリームシチューにするのを、ほぼ同じ材料で作る事ができるレシピだった。少し違うのは、普通は小麦粉を使うけれど、このレシピでは片栗粉を使うところ。フランス料理で片栗粉ってあまり聞かない組み合わせだけれど、もしかしたら本来はコーンスターチを使うのだろうかと考える。日本の家庭用に片栗粉で代用して、作りやすくアレンジしているのかも知れない。

簡単に出来るのに、期待以上の美味しいフランス料理が出来た。鶏は骨付きの部位を使う事で出汁が出て、難しいブイヨン無しでも旨味が有る。クリームソースで煮込まないから、野菜や鶏はそのものの味が生きていて、こくの有るソースが絡んでとても美味だった。

器はSusie Cooper(スージー クーパー)のシチュー皿。縁のグリーンが外から内に向かってグラデーションになって濃淡がつき、木洩れ陽を浴びて陽に透ける湖面の様に輝いて美しい。これはノーズゲイと呼ばれる柄で、以前使った(No.49 2021/11/19)スープカップ&ソーサーと同じシリーズ。どちらも食卓には度々登場するけれど、見飽きる事はなくとても使いやすい。作られていた当時も、現在も変わらず愛される理由が解る気がする。

器 Susie Cooper ノーズゲイスープ皿 径25cm 高4cm

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No.115 春キャベツと蛤のワイン蒸し

 柔らかくて甘い春キャベツ。今が盛りで、今日はどうして食べようか、と毎日メニューを考える。

この時期のキャベツは、柔らかい葉がたたまれて折り重なって球状に結実している。その様は八百屋の店先で半分にカットされてラップに包まれて売られている断面を見るとよく解る。空間も多いから実際の量は少ないのだろう、すぐ食べ切ってしまう。生でサラダにしても、スープや煮物にしても炒めても、美味しいから箸が進む。芯の部分は外して包丁で刻むけれど、葉は手で食べやすい大きさにちぎって使う。

蛤と春キャベツは、にんにく一欠片と少しの白ワインで蒸し、仕上げにバターを加えた。蛤の良い味がキャベツにも沁みて、バターの風味とコクが加わった蒸し汁はバゲットを浸して楽しむ。パスタにしても美味しい。冷えた白ワインが有れば更に嬉しい。

 唐津焼のように見えるこの平鉢は水月窯のもの。勢い良く跳ねた海老が鉄釉で描かれている。水月窯は昭和21年、岐阜県多治見市に荒川 豊蔵が作った窯で、豊蔵が2人の息子と共に運営していた。作品には『水月窯』とだけ入れ、作者名は入れないのが特徴らしい。この平鉢にも、名は水月窯とだけある。この平鉢は年代が定かではないが、その3人の誰かの手で作られた物と思われる。水月窯の公式HPによると、豊蔵は研究を重ねて桃山時代の作陶の製法を確立し『心安らぎ、心和む家庭用の器を』という主旨で主に和食器を作り続けたという。現在は、その親子3人と共に長年作陶に携わっていた水野 繁樹氏が窯を引き継いでいるそうだ。

器 絵唐津風 平鉢  径19,5cm 高5,5cm

作 水月窯

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No.114 五目ちらし寿司

 ひな祭りが近づくと、毎年実家の古い雛人形を飾る。大正時代に作られているから、既に百年以上前の物だ。雛人形が飾ってあると、やっぱり当日はちらし寿司と蛤のお吸い物を供えたくなる。ばら寿司や押し寿司をよく作るので、大皿に盛り合わせる事が多いけれど、今年は五目ちらしにして個別に盛った。酢飯にはお揚げと筍、人参、椎茸、蓮根そして白胡麻を混ぜ込んだ。飾り付けは卵の黄色と菜の花の緑、いくらと紅生姜の赤。大好きなこの皿に合わせて、色を選んで盛り付けた。

 呉須の網模様に、素朴で色とりどりの花が飛ぶこの皿は、古染付と称される古い中国の陶磁器の中でも特に『天啓赤絵(てんけいあかえ)』と括られるもので、この皿の裏の高台内にも天啓年製と呉須で書かれて在る。

資料によると、『古染付(こそめつけ)は明末・天啓年間(1621~27)あるいは崇禎年間(1621~44)頃に作られ、江西・景徳鎮の民窯で焼かれた染付磁器の事をいう。天啓赤絵は古染付と同じく天啓年間(1621~27)にはじまり、景徳鎮の民窯で焼かれた所までは同じだが、染付(呉須)ではなく赤絵のこという。萬暦まで続いた官窯様式から脱却した古染付に、朱・緑・黄で上絵付を施しているもの』とある。

年に一度のひな祭り、この皿を箱から出して大切に使わせていただいた。

器 天啓赤絵 網手平鉢  径23cm 高3,5cm