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うつわ道楽

No.205 蕪の葉と鶏皮煮

 昨日、この冬初めて石川県の蕪を見つけた。大きく育った真っ白い蕪は葉も大きく瑞々しい。蕪を買う度に茎と葉がついてくるので、青菜として味噌汁や胡麻和えなどに使っているけれど、少し持て余してしまう時はご飯に混ぜて菜飯にしたり、ご飯のお供になりそうな、その時ある材料と一緒に煮物にして作り置きする。

今日は、蕪の茎と葉を刻んだものに鶏皮、ついでに蕪本体を剥いた皮も細く切って一緒に甘辛く煮た。冷凍庫にあった鶏の皮は、以前、もも肉を皮無しで使いたかった時に外して、脂を除いて冷凍しておいたもの。刻んだ鶏皮は先にフライパンで空炒りし、余分な脂分を出来るだけ取り除いた。こんな作り置きは、ご飯のお供やおにぎり、炒飯の具にも使ったりする。食材の副産物で作った料理も、こんな器に盛ると素敵な一品になる。

 この器は、西行法師(1118〜1190)が蔡華園院を営み、そして終焉の地であった所とされる、西行庵のもの。

調べてみると、西行庵は明治時代中頃には荒廃を極めていたが、明治26年(1893)に、富岡鉄斎が勧進文(寄付を呼びかける文)を書き、小文法師が資金を募り、当時の京都市長内貴甚三郎らの尽力により再建されて現在に至る、のだそうだ。その再建後、茶室で使われる茶碗(什器)として作られた茶碗。作者は不明だが時代は明治の前半かと思われる。

すっきりした小振りの茶碗の下部は鉄釉に白で西行庵と文字が書かれている。口周りと見込みは、いわゆる京焼の肌で、口には呉須の青、外回りには桜の花が描かれている。上品でいて気取らず、何とも愛らしい。西行庵のホームページのお茶室の動画を見ていたら、この、同じ茶碗が使われていて驚いた。

器 京焼 抹茶碗  径10,5cm 高7,2cm

作 不明

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No.204 ホットウィスキー

 冷える夜、ホットウィスキーを作って立ち上る湯気を嗅ぐと、寒さで縮こまっていた喉元が解けるような、温かい香りがする。滅多に作る事はないけれど、時々飲みたくなる。

 このグラスは、ガラスのコップの口周りと外側に銀細工が施されたもの。今は銀が錆びて黒ずんでいるので、いわゆる銀色ではない。銀磨きで綺麗にする事は簡単だし、もしかしたら本来のヨーロッパの食卓では他の銀器と共にピカピカに磨かれて使われるのかもしれない。けれど、単体で楽しむにはこの位落ち着いた銀色も素敵かなあと思う。ガラスだから、熱湯を注ぐのではなく、別の容器で作って熱さが落ち着いてから、ゆっくりグラスに注ぐ。

 随分前にグラスをコレクションしているという方から分けて頂いたもので、作られたメーカーや年代も不明。飾り文字のアルファベットが刻まれていて、製造メーカーなのか、あるいはオーダーした顧客のイニシャルなのかも知れない。繊細だけれど力強い銀細工の葉が巻き付いている。どんな場面で、どんな人が使っていたのかしらと考えたりする。

器 銀細工 タンブラーグラス  径6,2cm 高11,5cm

作 不明

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No.203 柿なます

 柿を買った。果物店や八百屋の店先に、みかんや林檎と共に柿が沢山並ぶのを見ると秋を実感する。艶のある皮肌、大きな柿の果肉はきめが細かく、そのままでも美味しいけれど、生ハムを載せたりサラダに加えたり、と楽しみ方は沢山有る。

ふと、柿の入ったなますを食べたくなった。母が昔作っていた記憶がある。お正月料理のなますは大根と人参で作るけれど、と調べてみたら柿を使ったなますは郷土料理らしい。奈良や岐阜、そして宮城県南部で、主に干し柿をなますに入れるそうだ。やはりどこも柿の産地。宮城県の柿はあまり聞かないけれど、福島県では“みしらず柿”という会津の渋柿が有名で、親戚からよくいただいた。宮城南部、というのも福島が産地なら頷ける。母は宮城出身だから馴染みが有ったのだと納得した。今回は、生の柿を使ってサラダ感覚で食べられるように、そして大根を京都の蕪に変えて銀杏切りにし、優しい食感のなますにした。

 盛った小鉢は古曽部焼。少し粗めな土肌、釘で彫って出来た窪みに白の釉薬を掛けて柄を浮き出している。とても素朴で、決して高価な陶器ではないけれど、外側は成形した後にヘラで8面に鋭利に削られていて、職人の技を感じる。

古曽部焼は、江戸時代後期から明治時代末にかけて、大阪府高槻市の古曽部村で五十嵐家4代の陶工が営んだ地方窯(じかたよう)で作られた庶民向けの陶器。この時代は、料理法が飛躍的に進歩し、庶民が使う食器も木製から陶磁器になり、古曽部焼も需要が高かったらしい。日用の雑器を中心に作られていたが、大正初期で一度途絶えた。昭和の終わりになって和歌山県で再興されたそうだが、この小鉢は再興される前の時代、明治の頃の物と思われる。

器 小曽部焼 銘々小鉢  径10,5cm 高4cm

作 小曽部窯

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No.202 秋の吹寄せ

 出掛けたついでに、老舗料亭のスイートポテトを買って来た。たまたま頂いた老舗和菓子店のお干菓子と一緒に、楽の輪花の皿に盛り合わせたら、皿の中に秋の風景が出来上がった。焼が甘く、陶器としては脆く壊れやすい楽焼は、使うのにとても気を使う。水も滲みやすいから、盛る物に含まれる水分や脂分も染みになるので、使う前には予め水にいれる。

 このスイートポテトは、洋菓子とは違ってバターや乳成分が使われていないので、薩摩芋の旨みがそのまま。上に散らした黒胡麻も相性良く、風味が際立つ。繊細な季節のお干菓子は、自分では滅多に買う事はないけれど、自然を身近に取り込む”和”を楽しんだ。

菊の輪花の皿は、楽焼 第11代 楽 吉左衛門 (慶入1817〜1902)の作。土の造形だけで色の釉薬や絵の無い皿は、暖かく寛大で、強い。寛大だから盛る楽しさを感じさせてくれる反面、盛る側の力も試されるようで、学びも多い。

器 菊型皿 五枚組 径16cm 高4cm

作 楽焼 第11代 楽 吉左衛門

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No.201 糠漬け

 糠床を作って3年半が過ぎた。母が漬物嫌いだったので、実家にいた頃は軽く塩をした浅漬けしか食べた事がなかった。働き始め、外で食事をする機会が増え、そしてお酒も頂くようになって、柴漬けや沢庵などを知った。

 糠漬けに目覚めたのはここ10年くらいの事。でも漬物屋さんの糠漬けには何故か手が出ない。先入観かも知れないが、酸っぱそう、とか塩分が強いのでは、と思ってしまう。でも食べたいなと思った時に、MUJIで糠床を見つけたのをきっかけに、自分で漬けてみることにした。何事も、特に保存食、発酵食は自分でやってみたい方だ。

昔は ”糠みそ臭い女” と言う形容は、ある意味野暮ったさや、イケてない感を現したけれど、結構今時はカッコいいかしら、なんて思っている。早速、容器を用意してつけ始めた。が、やはり塩分はかなりしっかり強めで、せっかく漬けても量が食べられない。塩分は足りなければ足すことは出来るのだけれど、多いのは困る。この時ちょうど季節は5月。いつも頂く筍を茹でるのに、お米屋さんから米糠を買っていた。そんな少量を売ってくれる訳はなく、最低で500g。この際、余る米糠で自分で糠床を作ってみようと思い立った。

 塩と水、栄養分となる野菜くずや昆布、鷹の爪などを入れ、3週間ほど手入れをしながら置くと、糠床が出来上がる。最初は塩味に角があるけれど、漬けながら時間が糠を育ててくれる。まだまだ3年半だけれど、末長く育てて行けたら楽しい。

 この呉須赤絵の鉢は最近度々登場している、永楽 妙全の作。第14代 永楽 善五郎(得全)の妻で、前回No.200の回の和全の息子の嫁、という関係になる。浅めで小振りの鉢は、見込みが広く感じられて大らか。緑釉が鮮やかで白磁の肌によく映える。この鉢は、金泥を使っていないので、洗う時にもそれほど気を使わずに使えるのが良い所だ。たっぷり食べたい香の物を盛る時にも使いやすい。

器 呉須赤絵鉢  径15cm 高6cm

作 永楽窯 永楽 妙全