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うつわ道楽

No.214 黒豆大福

 裏庭の紅梅が数輪開いた。自然はいつの年も季節ごとに規則正しく巡っている。地球規模の気候変動は、少しは影響しているのかも知れないけれど、そんな事は感じさせずに居てくれる。ちょうど今頃、使いたい菓子器を思い出した。

 長い年月を経たために、見込みの真塗りは黒の中に濃い茶色が透けるように、少し赤味を帯びている。漆の表面は刷毛目が残る程度に磨かれ、温か味が残されている。そこに落ち着いた金で梅の蒔絵が散りばめられ、外側は錆朱色の漆が艶消しで掛けられている。山本 春正 と言う江戸時代から続く名古屋の塗師の作品だ。元は京都だったが、5代 正令 の時に、天明の大火に遭って京都を離れ名古屋に移ったらしい。箱には春正の銘と印が有るが、どの代の作品かは不明。多分幕末から明治頃の作ではないかと思われる。

さて。何を盛ろうかしらと、お菓子屋さんを探していて、黒豆大福を買って来た。大福の粉を纏った白い肌が器に映えて美しい。漆の磨かれた表面が大福の柔らかさを際出てているようだ。熱いお茶を淹れて、咲き始めた梅を眺めて楽しんだ。

器 梅蒔絵 八角菓子皿  径20cm 高6cm

作 山本 春正 (代不明)

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No.213 スペアリブ

 少し時間をかけて煮込んで、豚の甘辛味のスペアリブを作り、出汁で煮た大根と季節の縮みほうれん草を盛り合わせた。近所の八百屋でこの時期売っている徳島の大根は、包丁の歯触りが柔らかく、とても瑞々しいので薄く味付けて大根の旨味を味わいたい。野菜、特に根菜は、まな板の上で切った時の感触でその素材の良し悪しが解ったりする。いつも解る訳ではないけれど、スッと気持ち良く歯が入る時はきっと美味しいと解るので、作るのも食べるのも楽しみになる。

 見た目にもボリュームのあるスペアリブをどれに盛ろうか、と出してみたのは土肌に白い釉薬が特徴の萩のどら鉢。1600年代に始まる萩焼の名跡で、代々受け継がれる三輪 休雪 の 第11代  三輪 壽雪 の次男、三輪 英造 (1946〜1999) の作品。英造は、伯父・三輪 休和の養子となり、12代 休雪 は長男の 龍氣生 (1940〜)が継いだので、休雪を名乗る事はなかった。この鉢は10代、11代 休雪が残した “休雪白” と称される白い釉薬を掛けたもの。

 側面は内側に傾斜して見込みを抱えた形だが、縁の高さもあるので、どら鉢と呼べると思うのだけれど、箱には “皿“ とだけ記されている。因みに13代 休雪が、襲名前に本名の 和彦 の名で作った休雪白の皿は、No.52 (2021/12/24)で登場している。

さらっと掛けた白釉が土肌に透け、そのざらざらした土の質感と滑らかな白が美しいコントラストを作っている。瑞々しい生野菜を余白なく、こんもりと敷き詰め、ローストビーフや唐揚げなどを盛ってもとても映える。魯山人のように陶芸家の個性が際立つのものではないけれど、盛り付けるのが楽しい器のひとつになっている。

器 萩焼 皿  径25cm 高6cm

作 三輪 英造

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No.212 寒菊

 薄っすらと雪が積ったように、白い生姜風味の砂糖がかかっている。これは『寒菊』というおかき。さくっとした食感で、甘塩っぱくて優しい味だ。おかきは2枚ずつ、菓子名の入った紙に包まれている。福岡県豊前(築上町) で、寛政年間(1789年〜1801年)に小倉藩主に献上したという伝統のある銘菓だそうだ。

 ニ段重ねの蓋物は、細かい石が混ざった釉薬を掛けていて、ざらざらした質感が面白い。表面は木版画の版を削った時のような彫刻刀の溝が変化をつけている。器本体はもう一段下に、もっと大きな高さのあるパーツが組んでいたと思われる。が、壊れてしまったのか、昔我が家に来た時には既にこの薄い円形のニ段と蓋だけだった。資料を探せば見つかるかも知れない。器は第12代 楽 吉左衛門 (弘入) と思われる。

この2段の蓋付をどう使ったら良いからしら、と迷ってお菓子を盛ってみた。下の段に寒菊、上の段にはお干菓子を盛った。暖かい部屋でお茶を淹れてこうしてお菓子をいただく、と言うのも冬の楽しみのひとつかもしれない。

器 楽 砂薬蓋物  径12cm 高7,5cm(3,8+3,8+蓋)

作 楽 吉左衛門

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No.211 炊き合わせ

 白磁に、刷毛目を残して朱の釉薬を塗った、それだけなのに凛とした美しさが有る。朱の釉薬の溜まりによって、色の濃さや表面の凹凸の些細な変化が何とも言えず美しい。見込みには呉須で 『壽』 の一文字。紅白に寿、縁起の良いこの鉢は 北大路 魯山人のもの。

 プロにはとても遠く及ばないけれど、なぜか魯山人の器は素人の私でも盛り付けやすい。こんな風に盛ってみて、と器に言われているようだ。魯山人ご本人が料理を盛ることを考えて作っているからだろうが、料理をする人に広く懐を開いてくれているように感じる。

炊き合わせは、里芋に牛蒡、人参、蓮根、椎茸、高野豆腐と菜の花。お正月は甘味が強めな料理が多く飽きるので、出汁を効かせたさっぱり味に仕上げた。器と共に素材の味を楽しめるひと皿になった。

器 金襴の赤 鉢   径21cm 高10cm

作 北大路 魯山人

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No.210 おせち料理

 年末に留守をしたので、出掛ける前に作り置きが出来る料理を準備しておいた。黒豆、きんとん、ごまめ、鴨。新年には、それらと紅白蒲鉾や伊達巻を 橘屋 友七 の闇蒔絵の提三段重に盛り合わせた。

 京都の塗り師、長野 横笛 (ながの おうてき)が起こした漆器店 “橘屋” (1800年初め)は、二代目の時には隆盛を極めたが、三代目が早世したために”橘屋”の屋号を、その門人だった 浅野 友七が受け継いだ。

浅野 友七 の情報は少なく、生没年は定かではないながらも1860年(万延元・安政7年)没という記述が残っているらしい。明治5年と11年の京都博覧会の記録には『浅野 友七 手道具商社 博覧会社』の名があるが、その頃には友七の子や孫が”橘屋”の屋号を継いでいて、初代の友七は幕末に亡くなっていたのだろうと推察されている。

この三段の提重は黒一色。外箱には 橘屋 友七 の名が入っている。黒漆を横に凹凸のある刷毛目に塗り、その上に黒漆で秋草が繊細なタッチで描かれている。黒に黒で闇蒔絵。しかし古い文献を探ると ”黒蒔絵” と表記されており “闇” ではなく “黒蒔絵” を正しい表記としているらしい。しかしながら ”闇蒔絵” という表現はイメージを掻き立てられて、魅力的。つい使いたくなる。

 持ち手の内側など、当たるところには擦れた跡が有り、漆の浮いている所も数箇所ある。使われた回数は判らないけれど、きっと多くの場面で料理を盛って使われて来たのだろうと感じる。今、私がこれに料理を盛って使える事に感謝したい。

器 黒蒔絵 提三段重 

径19x16cm 高21cm (上5cm 中5,3cm 下6cm)

作 橘屋 友七