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うつわ道楽

No.222 サモサ風春巻き

 インド料理のサモサは大好きな料理で、メニューに有るお店ではよく頼む。サブジと呼ばれる、汁の無いカレー味の具を小麦粉で作ったサクサクの皮に餃子のように包んで揚げてある物で、辛味のあるトマトのソースが付いてくる。テトラポットのような三角錐で、丸味のあるころっとした形も可愛らしい。

そのサモサを家で作ろうとすると包む皮や包み方が独特で難しいだろうなあと思っていた。が、ある時思い付いたのが春巻にする事。元々春巻は好きで、中華春巻や昨年ここにも掲載したアスパラガスとハムの春巻など、春巻の皮を使う事はよくある。サモサとは皮の食感は違うけれど、包むのも簡単だし、と作ってみたら結構それなりのなんちゃってサモサが出来た。ソースはケチャップにタバスコを加えて混ぜるだけ。それ以来我が家の定番料理となった。

まず、中に包むサブジを作る。今回は、ちょうど今頃が甘くて柔らかい春キャベツとグリーンピース、カリフラワー。これらの具材をクッタリ柔らかくなるまでカレー粉で蒸し炒めにする。最初にオイルを入れた冷たいフライパンでゆっくり加熱し、クミンシードの香りを立たせる。にんにくや生姜のみじん切りを加え、それから野菜を加える。少しの砂糖と塩、カレー粉で味付ける。食べた時に時々弾けるクミンシードの香りが本格的なインド料理っぽく、気に入っている。サブジとしてカレー料理の一品に食べるのも好きだけれど、残った翌日などにサモサ風の春巻にして楽しんでいる。

 盛り付けたのは、1735年創業のイタリア、フィレンツェの陶器メーカー、Richard Ginoli (リチャード ジノリ)の皿で、Vecchio Ginoli (ベッキオ ジノリ)いう白磁の代表的なシリーズのピクルス皿。「ベッキオ」とはイタリア語で「古い」を意味する。18世紀に誕生した最も古い柄ののひとつで、バロック様式の繊細なレリーフが美しい。この皿自体は時代のある物ではなく、現代の材料と技術で作られているけれど、このデザインか数世紀の間、長く愛されて受け継がれ、今でも作られている。そんな器は日本には存在しないのではないだろうか。移り変わる儚き物を大事にする日本の文化と、変わらない姿を保ち続ける欧米の石の文化の違い、なのかもしれない。

器 Vecchio Ginoli ピクルス皿 径25x13cm 高3,5cm

作 Richard Ginoli

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No.221 蛸と胡瓜の酢の物

 魚屋を覗くと、近頃は蛸をよく見かける。真蛸、それも明石産だとすごく高いけれど、今は三陸だったり海外からの輸入もあって価格の幅が広い。烏賊の刺身は昔から大好きだった。けれど烏賊刺しを別にしたら、他の料理の烏賊や蛸の類いは特に好きでも嫌いでもなく、自分で買う事も少なかった。それが近頃は食べたくなる。蛸の美味しさにやっと気が付いたのだろうか。私の母は、烏賊と蛸が好物だった。歳を経て味覚も似てくるのかもしれない。

 春先の少し暖かい日には、さっぱりした酢の物が食べたくなる。茹でた蛸を削ぎ切りにして盛り合わせた。深いコバルトの青を使ったガラスの鉢に盛ると、胡瓜の緑と蛸の赤と白が瑞々しく、春めいて見える。

これは切り子の鉢。確証は無いが江戸切り子と思われる。深くカットされた凹凸が際立って、持つと見た目で測った通りの重さ、手に馴染む丸味が心地良く、つい使いたくなる。これからの季節、食卓に登場する機会が多くなりそうだ。

器 切り子小鉢  径12cm 高5cm

作 不明

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No.220 鶏ささみと三つ葉の山葵醤油和え

 先日、八百屋の店先で根三つ葉を売っていて、店主が誰にともなくお薦め料理をあげて、根三つ葉をアピールしていた。その料理が『鶏ささ身と三つ葉の山葵醤油和え』。それを聞いて、その大好きな料理を思い出した。長い間、すっかり忘れていた。自分でも驚くほど、綺麗さっぱり忘れていたのが、店主の話で甦った。思い出したら食べたくなって、ここの所、何度か作って食べている。

 鮮度の良い鶏のささ身を、表面だけ火を通す、いわゆる『たたき』の状態に茹でる。すぐ冷水に取って冷ましておく。三つ葉は軽く湯がいて和える用に切って、水気を絞る。ささ身も、たたきになった切り口がきれいに見えるように食べやすい大きさに削ぎ切りに。後はこの2つを山葵醤油で和えるだけ。しっとりしたささ身と三つ葉の香、ピリッとした山葵の辛味が堪らない。

 使った器は 仁阿弥 道八 の三嶋茶碗。三嶋にしては少し厚みのある本体で、小振りな割に持つと手に重さを感じる。三嶋は、鉄分の多い鼠色の土に窪みをつけ、白の化粧土をつけて窪みにだけ白を残す、その細かい連続の象嵌模様が特徴的。三島大社(静岡県三島市)から出されていた暦(こよみ)の文字に似ていたことから、三島手と名付けられたのだそうだ。好きな料理を盛って向付として楽しんだ。

器 三嶋茶盌  径13cm 高5cm

作 仁阿弥 道八

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No.219 鶴ト亀 お干菓子

 先頃、ご縁のある京焼、真葛窯の代替わりがあり、第6代 宮川 香齋 が長男の真一氏に代を譲り、第七代 宮川 香齋 が誕生した。

 稼業を血縁で継承して続いている世界は、考えてみると意外に多い。芸能ではお能や狂言、歌舞伎、そしてお茶やお花などの文化やそれにまつわるお道具を作る職業。茶の湯では千家十職と言われる、お抹茶のお道具を十に分けて役割分担して代々作り続ける家も有る。そんな代々続く家に生まれて、後継として育ったらどんな風だろう、と考えてみる。決められている事に対する反発、抵抗。でも同時にそれまでのとてつもない長い歴史を築いて来た先祖への尊敬と、そこに生まれた自分という特別感。そして重過ぎる責任。育つ過程のどこでそれを負う決断をするのだろう。

 初めての真葛窯とのご縁は、主人と御自宅へ伺った時だ。今から30年以上前の話で、若造が図々しくも箱書きをお願いしに行った。今となっては先代となる 6代の香齋氏にお目にかかり、真葛窯の古いお茶碗を見て頂いた。主人の無鉄砲さに門前払いされるかと思ったけれど、そんな若造にもきちんと応対して下さるあたりがお家柄かと感心して、ほっとした。お目には掛からなかったが、先先代、5代 とその奥様もいらした頃の事。

その後も6代香齋氏と真葛の娘である奥様の広いお心で、何度か伺って色々教えて頂いた。真一氏が学業を終え、稼業に携わる様になって暫くして、真一氏の真葛窯の未来を見据えた新しい挑戦に対する試行錯誤も見聞きし、時代に対応して存続して行くことの大変さも知った。ここ40年程の間に、それまで無かったインターネットが日常に欠かせない、個人が自由に使える世の中になって、変化の速さに乗り遅れそうだ。対応するのに四苦八苦すると同時に、そんな時代に居合わせた面白さも感じる。日本の古くからの文化を背負う、真一氏を始めとするこれからの継承者には頑張って欲しいと思う。

 第7代 真一氏の小皿に、おめでたい紅白の鶴亀のお干菓子を盛った。真一氏が取り組んでいる、釉下彩という技法(素焼きの状態)で果実を描き、その上に真葛焼伝統のワラ灰釉を施したもの。温かみのある乳白色に呉須と緑の色が鮮やかで、縁の細かい輪花が軽やかさを感じる。

京都の老舗和菓子店のお干菓子は、口に入れた途端に蕩けて、癖のない上品な甘味が広がる。美味しいお茶をいただいた。

器 ワラ灰釉 果実皿  径11,5cm 高3cm

作 真葛窯 第7代 宮川 香齋