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うつわ道楽

No.235 野菜の揚げ浸し

 作り置きしてあると何かと便利な揚げ浸し。この時期が旬の茄子は、野菜の中で油で揚げて一番美味しい野菜だと私は思う。揚げ浸しはその時有る野菜や根菜を素揚げして、出汁醤油に漬けるだけ。出来立ては熱々をいただいて、多めに作った分は冷蔵庫で冷やしておく。夏の時期、よく冷えた揚げ浸しはあと一品のおかずには勿論、素麺や蕎麦など冷たい麺を食べる時にもぴったりな小鉢になる。

 今回の揚げ浸しは茄子とパプリカ、ブロッコリーそれと南瓜。南瓜の旬は秋口だけれど、今流行りの “薬膳” 的にはこの時期黄色い野菜を摂るのは良いとされている。基本的に、私はその時食べたい料理が身体が欲しているもの、と思っているけれど、毎日暑いと冷たい物に偏りがち。古の人々の教訓には美味しさだけでは無い “知恵” が詰まっている。

 使った向付は兜の形の染付。この大きさは何を盛るにも使いやすくて重宝する。見込み中央の模様は全て同じではないけれど、6枚組で揃っているのも嬉しい。

 南京染付は、江戸時代に日本で “古染付” と呼ばれた中国明代末期から清朝初期に景徳鎮で焼かれた磁器を指す。江戸時代後期に清朝の染付 “新渡” が登場したためそれ以前の物を区別して “古染付” と呼ぶのだそうだ。南京染付は日本で古くから珍重されてきた染付磁器の一種。その素朴で自由な文様や形、侘び・寂びに通じる精神や美しさが心を捉える。

兜鉢の縁の羽根の部分にも呉須で模様が描かれていて、料理を盛った時に額縁のような縁取りになる。深さがあって食卓で銘々に盛り分けられる、数も揃った古染付の器はとても貴重。大切に使わせていただいている。

器 南京染付 兜鉢向付 6脚組  径14cm 高4,5cm

作 景徳鎮

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No.234 梅ジャム

 我が家の裏庭の白梅。もう老木に近い木に今年は驚くほど沢山の実がついた。今まで実を拾ってもせいぜい10数個で、梅干しや梅酒に出来るほど無く、買って来た梅で漬けていた。

2ヶ月ほど前、庭に青い小梅がいくつか落ちていた。見上げてみると小さい梅がぎっしり付いる。大きく育つ事はないだろう、と思ってその時小梅を1キロほど収穫して梅干しに漬けた。それが、意に反して小梅はどんどん大きくなり、売っている梅と遜色ないほど大きく育った。そしてひと月ほど前からは日に20個くらいずつ落ちて来た。朝夕拾うのだけれど、容器を持って行かないと手には乗り切らないほどの数だ。落ちた時に石や枝で傷がつく物も多く、熟し具合もまちまち。せっかく自宅で収穫したのだから、余さず使いたい、と欲張ってどう使ったものか頭を悩ませた。先に漬けた小梅は有るけれど、量が溜まった所で大きい実でも梅干しを漬け、青くて傷の少ない実は梅シロップ、梅酒も漬けた。傷はあるけれど熟している残った実で何が出来るかしら、と調べて梅ジャムを思いついた。

梅の実は洗ってへたを取って下茹で。冷めたところでひとつずつ種と実を分ける。茹でているのでかなり水っぽいが、これに砂糖を加えて30分ほど煮詰めると完成。味見してみると、酸味は結構強いけれど、中々美味。思っていたより量も沢山出来て、多めに用意した瓶を全部使い切った。

 自家製パンにつけて食べようと、ジャムを瓶から取り分けた器は萩焼のぐい呑み。第11代 三輪 休雪 のもの。パンは以前使った古染付に盛ったので、ジャムも和の器を選んだ。100%自家製ジャムと思うと美味しさもひとしおで、しばらく楽しめそうだ。

器 萩焼 ぐい呑  径7cm 高6cm

作 第11代 三輪 休雪

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No.233 鶏のオイル掛け

 料理番組を見ていて、料理の上にきざんだ青葱を載せ、上から熱した胡麻油を後掛けする、という料理があった。それを見て昔母がよく作った鶏もも肉の料理を思い出した。私がまだ学生だった頃、一時期、多分数年間の間、母がよく作っていた。家族の評判もよく、本場の中華料理など食べたことのない私には画期的なものだった。

 母も年老いた頃、そう言えばよく作ってたよね、とこの料理の事を話すと、当の本人はそれを作っていた事も、その料理自体もすっかり忘れて思い出す様子は無かった。毎日の献立を考える事に追われて、母は私ほどの強い印象は無かったのかもしれない。母はよく料理番組で見た料理の材料と作り方をメモしていた。それらの全てを作る訳ではないだろうけれど、その中のひとつだったのだろう。家族の中でその料理に名前は無く ”あの鶏肉にオイル掛けたやつ” のような言い方で通っていた。そこでちょっと調べてみたら、中華料理では蒸す事を “清蒸(ちんじゃん)” 油を後掛けする事を “油淋” と言うらしい。なので料理名を付けるとしたら “清蒸鶏の油淋風” とでもなるだろうか。

鶏肉を蒸して、粗熱が取れたら食べやすい幅に切り、皿に乗せる。家では簡易に茹でて作る事も多かった。唯一の味付けとなる塩を振り、上に白髪葱と生姜の千切りを山盛りに。鍋で湯気が上がるほど熱したサラダオイルを上から “ジュッ” と掛ける。白髪葱と生姜に程よく火が入り、鶏には葱油が絡む。

今の私なら鶏はもも肉ではなく胸肉にして、数時間前に塩をすり込み、下味を付けてから蒸す。肉に下味を付けたらもっと味わいが出るはずだ。そしてサラダオイルには半量胡麻油を加えて、風味と香ばしさを加える。きっと、もっとヘルシーで本格的になるだろうな、と思う。多分当時は普通の家庭に胡麻油など当たり前に常備していなかったのかも知れない。テレビの番組では馴染みやすい材料に置き換えていた可能性も有る。次回はこの方法を試してみよう。

盛ったのは江戸時代後期、伊万里焼のなます皿。白洲 正子さんの本に載っているのを見つけ時代が判明。この大きさで縁が立ち上がり、少し深さのある皿を “なます皿” と呼ぶ。おせち料理にも付き物の料理、なますの事でおかずを盛る向付の、この形態の皿を指す名称だ。母を思い出しながら、久しぶりの懐かしい料理を味わった。

器 伊万里 染付草花紋 なます皿  径14cm 高3,5cm

作 伊万里焼

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No.232 鞘いんげんのそぼろ和え

 美味しそうな、旬の鞘いんげんを買って来た。”絹さや” や “スナップエンドウ” など豆科の野菜は、茹で過ぎないシャキシャキの食感が好きだけれど、この “鞘いんげん” は少し気長に茹でるようにしている。過去に何度か失敗した事があるが、茹で時間が短いと皮の歯応えも悪く、青臭さが残って美味しくない。塩茹でした鞘いんげんを鶏のそぼろと和えて、八田 円斎 の向付に盛った。

『淡交』別冊の “光悦 光琳 乾山 時を超え息づく美” に掲載されている “八田 円斎の数寄風流” の中に「有職文様の三重襷を胴に巡らせた金襴手の深鉢」と紹介されている。薄手の白磁に、むらの残る朱の色を掛け、その上に金と銀で模様が描かれている。とても気品が有って美しい。以前 No.199 の回で、円斎 の “古染付写 笛吹人小皿” を使った。その時、元は古美術商で、と書いたがそもそも生家は指物師。父の腕を継承し、そちらの腕も確かな物だったらしい。後に京都で円能斎に茶の湯を学び、窯を開けば “今仁清” と言われるほど、何を作っても才能と技能を兼ね備えた人だったようだ。磁器も陶器も繊細だけれど堅苦しくなく上品。使う度に嬉しくなる。

器 金襴手 向付 五客  径11,5cm 高6,5cm

作 八田 円斎