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うつわ道楽

No.253 たらこの煮物

 魚屋の店頭で生の助惣鱈の子、生たらこを見つけ久しぶりに大好きな煮物を作った。まだ少し粒が小さめだけれど、塩漬けのたらことは違うしっとりとした舌触りに “そうそう、これ” と思い出す。

 たらこは岩倉焼の菊の小皿に盛った。皿いっぱいに具象的な菊が呉須で描かれ、鉄釉で一枚、大きめの葉がのぞく。細い均一な線描きの菊に対して、葉は筆の面を使った濃淡で絵画的に表現されている。釘で鉄釉を削ぎ取った線によって葉脈が表現されている。菊の花だけだと紋章のように感じるけれど、この葉の表現はとても柔らかく、生きている植物を感じる。花と葉の対照的な表現が同居して、不思議な雰囲気を作っている。

岩倉焼は京焼のひとつで、柔らかくてきめ細かい乳白色の薄い作りが特徴。絵付けには呉須と鉄釉を使い、余白を残したさっぱりした物が多い。皿の見込みいっぱいに描かれたこのような岩倉焼はあまり見た事がなく、珍しいのではないかと思う。

器 岩倉焼 菊絵小皿五枚  径11,5cm 高3,5cm

作 不明

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No.252 エスプレッソ

 金木犀が真っ盛りと言うのに、コートが必要なほど急に冷え込んだりする。年々秋を楽しむ時間のゆとりが無くなっているのが残念だ。

 暑い間はオーブンを使うのを敬遠したけれど、今はその熱が恋しい。八百屋の店先で紅玉を見つけて、久しぶりにケーキを焼きたくなった。甘い林檎の香りがキッチンに立ち込こめる。なんとも言えない幸福感を感じる。度々作っているこのケーキは作り方がとてもシンプルで、失敗も無く気に入っている。

カラメルの程よい苦味と甘味にバターが加わって、紅玉の酸味を引き立てる。飲み物はコーヒー、と思ったけれど深煎りの豆が有ったのでエスプレッソ風に濃く淹れた。使った器は Susie Cooper (スージー クーパー)。このデザインは Susie Cooper の中でも初期の物で、バックプリントは帆船。彼女が自身の陶器ブランドを始める以前 “グレー&クラウン社” に居た1921年頃に使われたスタンプだそうだ。

この手描きの花柄は、以前の回で大皿や鉢など何度か登場している(2021/2/26  No.9 と2021/8/13 No.33) けれど、この小さなカップにも変わらぬ大きさの花が描き込まれている。時代はアール・デコ。この頃の Susie Cooper のデザインは色を面で表現する筆使いの物が多く、使っている色も強い。その後のSusie Cooper ブランドの優しい雰囲気の器とは趣が違っている。

写真のデミタスのカップ&ソーサーと皿は、絵のタッチと色が同じなので一見揃いの様に見えるけれど、実は柄は違う。バックプリントも、同じ帆船だけれど両者で少し違っていて、カップ&ソーサーの方がより古い時代に作られた物と思われる。今から100年昔の英国で、紳士淑女が食後のコーヒーを楽しんでいたのだろうか。

器 Susie Cooper ハンドペイント デミタスカップ&ソーサーと小皿   カップ径5,2cm 高5cm ソーサー径11cm 高2cm 小皿径13,5cm 高1,3cm

作 Susie Cooper (England)

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No.251 焼き栗

 立派な栗を見つけて、焼き栗を作った。季節になって木の実、山の幸と向き合ってみると、食料を求めて人里に出没する野生の熊を思ってしまう。気候のせいで熊が食料とする木の実が不作とも言われるが、人が栽培している作物や、人の食の廃棄物なら楽に満腹になる、と熊が学んで来たのも事実だろう。人が廃棄物を狙われないように工夫すれば、熊も一歩踏み込んで貯蔵庫などを荒らしたりする。生きるために楽な方法を学んで行くのは致し方ないのかも知れない。熊や猪、野生の動物達が人間は暮らすための労働が楽になっているのだから自分達も、とまでは考えないにしても時代と共に人間社会との関わり方が変わって来ているのだなあ。などと栗を剥いて食べながら考える。

 籠を模った鉢。緩い六角の形、細かく裂いた竹の繊維で編んだ表面を表す凹凸も、色の付け方も良く表現されている。見込みには鮮やかな青と緑で大きく実った夕顔が描かれている。

この鉢は古清水(こきよみず)。古清水とは、江戸時代中期以前に京都で作られた、優雅な色絵陶器を呼ぶ。現在の “清水焼” が誕生し、磁器が多く焼かれるようになって、以前の物を新しい “清水焼” と区別する意味で、幕末の頃から “古清水” と呼ばれるようになったそうだ。古清水の多くは 野々村 仁清 風の繊細な色絵陶器。とは言っても仁清の作品のような完璧とも言える気品の高さよりは、むしろ少し肩の力の抜けた温かみのある器が多いのでは、と私は感じている。

器 古清水 六角鉢  径20cm 高6,8cm

作 不明

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No.250 お月見団子

 つい数日前の中秋の名月。関東地方は残念ながら雲が多くてお月様は拝めなかったけれど、お月見団子を作った。本来は15個の丸い餅をピラミッドの様に積んで飾るのだけれど、我が家で15個作っても持て余してしまうので、一度に食べ切れる分だけ作った。

初めて作るお団子は、白玉の事を思い浮かべて丸く作るのは難しそう、と思ったけれど白玉粉と団子粉は原料が違っていて、扱いやすく形も作りやすい。出来立て、茹でたてのお団子はもちもちして、期待より美味しく出来た。粒あんを載せてお月見気分を味わった。

 お団子を 『中秋の名月』 にぴったりの小皿に盛った。銀彩で大きな満月、その手前に金で描かれた、まだ固い穂が付いたすすき。この小さい見込みに描かれた風景が、実物大の景色として目に浮かぶ、そんな皿だ。月とすすきの茎は皿の裏にも続きで描かれていて風景の広がりを感じる。

この皿は 永楽 善五郎。何度も登場している 妙全(1852〜1927) か、その夫の第14代 善五郎 の得全(1853〜1909) のもの。早く亡くなった得全の後を次の代まで窯を守って繋いだ妙全は、得全が使っていた印を使った作品も多く、そうなるとどちらが作ったのか厳密には判らないらしい。我が家に来たのは箱も無く裸で5枚、もっと数が有ったのかも知れない。京焼らしい上品さと華やかさが有る皿、季節を楽しみながら大切に使って行きたい。

器 永楽窯 月とすすき小皿  径10,5cm 高3cm

作 第14代 永楽 善五郎

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No.249 秋のオードブルプレート

 もう数日で中秋の名月を迎える、そんな事を思っていたら、この食べきりサイズの小さいカマンベールチーズが満月のように見えて来た。それを思い付いたらこのシンプルな漆の器に秋の風景を盛り合わせてみたくなった。

小さいカマンベールを満月として、アスパラガスをすすきに、オクラを枯れ草のように見立てたら風景になりそうだ。大好きな無花果に生ハムを乗せ、きのこのマリネも添えた。

 急に秋めいて来て、月は日に日に三日月から半月、そして段々に満月に近づいているけれど、月の見える位置もどんどん変わって行く。気がつくと数日前とは随分変わっている。私達の居る地球も、月も動いているのは理解しているけれど、動く物の上に居る実感は無い。

少し前に、アインシュタインの理論を説明して教えてくれる番組があった。宇宙の仕組みをとても簡単に、分かりやすく説明してくれているのだけれど、少し解ったかと思う次にはまた全く理解不能。結局、私の理解は到底及ばずとても難解だと言う事実が解っただけだった。今も膨張し続けているという宇宙の事を、月を見上げながら想像している。

 溜塗りの盆は作者不明。時代は昭和で、古いものではないけれど透ける漆塗りの下に木地の木目が浮き出す。花弁の形も、縁の薄い作りもとても美しい。この澄んだ秋の夜空のような丸い見込みに、秋の気分を盛り込んで楽しい時間を過ごした。

器 溜塗り 輪花丸盆  径27cm 高3,5cm

作 不明