No.66 花見酒
昨夜の強風で飛ばされたのであろう桜が一輪、家の裏庭に落ちていた。散り始めた桜の花びらが風に舞い、この季節ならではの優雅な風景を楽しんでいたら、この盃を思い出した。風に舞い踊る花弁のように筆が動くのだろうか、朱で書かれた花の字が美しい。こんなに華やかで優しい器を作る、小山 冨士夫という人はどんな陶芸家だろうかと調べてみた。
陶磁研究家で陶芸家 小山 冨士夫(1900〜1975)は、亡くなられた頃には日本陶磁協会理事、東洋陶磁学会常任委員長という肩書きを持つ、お堅い研究者という印象だった。
1900年(明33)岡山に生まれ、幼少期に東京 麻布に転居し、家族と共に教会にも親しんだという。東京商科大学(現 一橋大学)在学中に、社会主義運動に共鳴し、中退して一時期カムチャツカへ渡ったが、大正12年の関東大震災で帰国。教会の救済事業に従事した後、志願して一年間、近衛歩兵部隊に入隊した。私が調べた内容としては、ここで知った人の影響で陶器に興味を持った、という。これまで陶芸とは無縁だったと思われる小山 冨士夫の、その後の人生を陶芸とその研究に向かわせたきっかけとはどんなものだったのだろう。除隊後、京都 山科の真清水 蔵六(ましみず ぞうろく)に弟子入りし、京の古い窯跡の調査や朝鮮半島、中国への旅を経て自らも独立して作陶を始める。そしてその後も多くの陶工や陶磁研究者との交流を経て日本や東洋の陶磁器の研究を進め、多くの研究書や古陶磁全集などをまとめた。と、かなり堅い話になってしまったが、この作者はそういう方だったらしい。
それを知って、改めてこの酒器を見ると作者の小山 冨士夫さんはどんな方だったのだろう、と興味が湧いてくる。細かい調査や山のような資料に囲まれている研究者と、この優しい酒器を作った陶芸家がなかなか重ならない。
器 花酒器 径8,5cm 高3,3cm
作 小山 冨士夫