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No.32 鰯の梅煮

 もう数十年前だろうか、まだまだ料理のレパートリーが少なかった頃、料理上手で知られた向田邦子さんの本を見て作ったのが最初だったと記憶している。背の青い魚は大好きだ。今の時期、魚屋さんの店先にザルに盛った鰯がよく出ていて、お手頃に手に入る。もちろん塩焼きも美味しいけれど、新鮮なうちに料理して作り置き出来る煮魚は便利なメニューだ。この蒸し暑い時期、梅干しで日持ち効果とクエン酸で疲労回復、ぴったりな料理ではないだろうか。

 盛ったのは、波と魚、海藻が色絵で描かれた荒川豊蔵の平鉢。梅干しの赤が、赤絵の色とも映えて美味しそうだ。だが、この涼やかで伸び伸びとした図柄は、器に水を張っただけで眺めても、金魚鉢のように楽しめるかもしれないし、この季節なら氷を浮かべて素麺も良いと思う。季節に合わせてメニューと器をコーディネートする、日本の食文化の楽しみ方は奥が深い。

器 赤絵魚の図鉢 径22cm 高6cm

作 荒川 豊蔵

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No.31 蓮根餅

 笹の葉に包まれた蓮根餅。蓮根の澱粉と和三盆で作られた生菓子で、舌に乗せるとすっと消えていくまろやかな甘さ、葛や寒天とは違った独特の舌触りで、夏によく冷やしていただくととても美味しい。深い緑の笹の葉に包まれた姿もとても涼しげで、見た目でも汗が引く。薄茶でいただくのも勿論美味しいけれど、真夏の暑い日なら冷たいお煎茶が欲しくなる。

 この涼しげなお菓子をどんな器に盛ろうか。色々考えて選んだのは備前焼の兜鉢。軽く霧を吹くと、良い感じに笹の葉の緑も冴える。土の肌と色、緋襷のアクセントが備前焼の魅力だが重い器が多い。しかしこの鉢は備前焼にしてはかなり薄い作りで、見た目も軽やかだ。

広くゆったりとした見込みのこの兜鉢は、金重陶陽(1896〜1967)のもの。明治29年に岡山県に生まれ、備前焼の陶工として初の人間国宝に選ばれた。江戸中期以降、伊万里焼や九谷焼に押されて人気を失っていた備前焼を再興された中興の祖と称される名工だ。

器 備前焼兜鉢 径28,5cm 高6cm

作 金重陶陽

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No.30 ガスパチョ

長く仕事をしていたが、しばらく前に退社。その後アルバイトで4年ほどスペイン料理のデリに勤めた経験がある。スペイン料理で代表的なパエリアやアヒージョなどを売っていた。旬の素材を使ったパエリアや、季節に合わせてメニューも入れ替わる。そこで覚えたのが、スペイン料理の夏の定番、ガスパチョだ。元はアンダルシア地方の発祥で、ガスパチョ(gazpacho)の語源はアラビア語で『びしょびしょしたパン』だと言う。確かにレシピには少量のパンが入る。これが少しのとろみの効果を加えるのだろうか。ガスパチョの初めはスープに浸かりっぱなしのパンをそのまま混ぜてしまった、とか言う、日本の納豆のようなエピソードが有ったりして。と考えると楽しい。

 それまでに、そしてその後もガスパチョは度々レストランなどでいただく機会が有ったが、私はこのデリのガスパチョが一番気に入っている。残念ながら、その店はもう閉店してしまったので、それからは夏になると覚えたレシピで自分で作る。販売する訳ではなく、自分でいただくだけなので許して貰えると思う。トマトの他にセロリ、胡瓜、ピーマンなど数種の野菜にワインビネガーやオリーブオイル、香辛料を使って、加熱はしないのでビタミンCもたっぷり。飲むサラダで夏には最適のご馳走だ。トッピングは、細かく刻んだ野菜と最後にオリーブオイルをひと回し。

 グラスは、ルネ ラリックのグラスでその名も『NIPPON』。1930年に作られたデザインだそうだ。どの辺りが日本なのかしら、と考えてしまうけれど。

器 ルネ ラリック NIPPONグラス 径7,5cm 高9cm

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No.29 杏のシロップ煮

 梅雨も半ばになると杏が出回る季節。5年くらい前からだろうか杏を見つけるとシロップ煮を作るようになった。ちょうど梅雨の蒸し暑さから梅雨明けし、真夏に向かって身体がバランスを崩す頃、これを食べると元気になる。かなり酸味のある杏だが、よく冷えたシロップ煮をいただくと気分もスッキリ、身体もシャッキリする。杏の柔らかい果肉を崩さないように扱うのは気を使う作業だが、形の崩れたものはそのままジャムにする。残ったシロップは炭酸水で割って飲むと杏の香りがして、これもまた美味しく、夏の楽しみだ。

 さて。杏は何に盛ろうか。ガラスのフルーツ皿や小鉢でも良いけれど、今日は古染めの皿を使った。呉須絵の古染めにフルーツは意外に良く映る。縁が少し立ち上がったこの形は古染めではあまり見ない形だ。この大きさだと、いわゆる なます皿 のように縁が緩やかに持ち上がる形がとても多いのだが、この皿は見込みは水平で、縁は抱えるのではなくむしろ反るように立ち上がっている。

器 古染付皿 径14cm 高2,5cm

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No. 28 金平糖

 織姫と牽牛。年に一度、七月七日の夜に会うことが出来ると言われる七夕の伝説。子供の頃は笹に願い事を記した短冊を下げて、叶うように願ったものだった。

元々は中国で前漢の頃、采女が七月七日に七針に糸を通す『乞巧奠』(きこうでん)と言う風習が記された文献が有り、これが七夕の起源とされる。その後の南北朝時代の『荊楚歳時記』には、七月七日は織姫と牽牛が会合する夜である、と有りその夜には女性達が7本の針の穴に美しい彩りの糸を通し、針仕事の上達を願った、と記されているそうだ。日本には、奈良時代にこの風習が伝わり、日本古来の『棚機津女』(たなばたつめ)の伝説と合わさって宮中や貴族の間で行事として行われたらしい。その後、江戸時代になって手習い事の願掛けとして庶民にも広がったとされる。

 星に見立てた金平糖を盛ったのは、刷毛目のぐい呑みで、高橋道八のもの。江戸後期から続く京焼の窯元で、道八の前に代々それぞれの号が付く。このぐい呑みの印は 「道八」 となっていて2代 仁阿弥 道八か、3代 華中亭 道八かは定かでない。口が広く涼やかな刷毛目は、これからの季節にちょうど良さそうだ。

器 刷毛目ぐい呑み 径7,5cm 高2,5cm

作 高橋 道八

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No.27 蕪の葉の胡麻和え

 野辺地の蕪の葉の胡麻和え。以前、No.21 ルネ ラリックの皿の回で野辺地の蕪とトマトのサラダを盛った。これはその時の文中にも書いた、我が家の定番となっている料理だ。この蕪は、白くて瑞々しい蕪本体に負けず劣らず、葉と茎も立派で美味しく小松菜やほうれん草などと同じように、葉物野菜の料理に使える。胡麻和えはもちろん、お浸しや味噌汁、煮浸しにも。蕪と軽く湯がいた茎と葉で浅漬けにしても美味しい。蕪を買って葉物野菜も付いてくるのでレパートリーも広がるしお得感も有る。

 胡麻和えは基本的に白胡麻を使っている。春菊のように香りの強い野菜の時は黒胡麻で和えるのが好きだが、黒胡麻には独特の風味が有るので淡白な野菜には向かないと感じる。今日は白の煉胡麻に砂糖、薄口醤油を出汁で良い加減の硬さに緩めて和えている。擂り胡麻を使う時もある。私は少し甘さの有る胡麻和えが好きでよく作るが、以前、京都の知人のお宅でご馳走になった胡麻和えが美味しかったので聞いたら、そのお宅ではお砂糖は使わないと言う。胡麻和えひとつにも其々の家庭の味が有り、其々の美味しさが有り、と改めて思う。

 少し深さのある小鉢は何度か登場している、2代 川瀬 竹春 (古余呂技窯) のもの。覗き(のぞき)と言うほど深く細くもない。向付ではあるけれど、少し小振りに感じるのでやはり小鉢、だろうか。5客揃いで入手したが箱が無いのでご本人が何と呼んだのかわからない。一目で竹春と判るフォルムと色。厚手でぽってりした白磁の地に竹春の明るい青と黄が映える。

器 六角小鉢 5客組  径 10,5cm 高 6,5cm

作 古余呂技窯 2代 川瀬 竹春

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No.26 蛸の酢の物

 半夏生(はんげしょう)。元々は花の名前で、別名片白草。暦の上では夏至から数えて11日目、7月2日を指しそこから5日間を雑節で半夏生と呼ぶのだそうだ。この時期に花を咲かせることから、この名前が付いた。関東で生まれ育った私は、この半夏生を知ったのは割と最近で、この日には蛸を食べるという風習もそれまで知らなかった。元々は西日本の農家にとって大事な節目の日で、この日までに田植えを終わらせる目安とし、ここからの5日間を一段落して畑仕事を休みとする地方も有るらしい。蛸を食べるのは主に近畿地方の風習で、脚が8本も有る蛸のように、作物がしっかり根を張るようにという願いがこもっているのだそうだ。蛸を食べる、というだけで食べ方や料理は特に決まっていないらしい。

 蛸と胡瓜、わかめの酢の物は魯山人の伊賀焼の向付に盛った。ろくろ目が残った力強い器だ。魯山人の器は、素人料理でも格段に映える、不思議な力が有る。土肌や見込みの窪みに溜まった釉薬の深い緑が器に表情を付けている。5客揃いだが、其々大きさも釉薬の上りも違う。その時の気分と料理で使い分けている。

器 伊賀釉向付 5客組 径11,5cm 高さ3,5cm

作 北大路 魯山人

 

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No.25 新じゃがと新玉葱の煮物

 大好きな陶芸作家さんはたくさん居るが、この 5代 清風与平もそのひとり。江戸から続く京焼の名門の家柄で、代々得意とする技法を持ち、高い技術力に基づく作品を残している。3代は、陶芸界で初めて帝室技芸員にも選ばれた。その中でこの5代清風は、先代の誰とも違う独特な個性を持ち、作風も独創的。私は惹かれるが、もしかしたらそのせいで彼の作品を好む人は少し限られるのかも知れない。

清風与平とは、私がまだ器を集め始める前、かなり若い頃に家人と2人で訪れた京都のお道具屋さんから香炉を譲り受けたのが最初の出逢いだったと記憶している。当時5代はまだご存命で、そのお道具屋さんはご本人から直接買い取ったものだった。白磁の手捻りに独特な画風で漢詩の情景を描いたものだ。お煎茶道具をよく作られた方で、いわゆる文人と呼ばれる教養の高い方だったのだろう。彼の作品の多くは、全面が画や文字で埋め尽くされ、余白が全く無かったり、少なかったりする。私のプライベートコレクション化している5代 清風のぐい呑みで、色絵はとても小さい物から少し大振りな物まで、地が見えぬほど描き込まれている。それが彼の作風の大きな特色なのだが、呉須だけの絵付けのものでは白磁の余白を生かしていて、でも、そのどちらにも共通した作家の個性が現れている。すごい事だと思う。

今日はこの季節ならでは、新じゃがと新玉葱を使い、鶏ひき肉の餡で絡めて肉じゃが風の味付けにした。この器は我が家の5代 清風与平コレクションの中でも珍しい、5客揃いの向付。呉須赤絵に金を使った植物と動物の絵柄が優しいが、見込みには文字。内容は解らないが漢詩だろうか。漢字が書き込まれているのに硬くならず、まるで模様のように全体がバランス良くまとまっている。この器は見込みに絵の無い空間が広く、料理も映える。

器 呉須赤絵 向付 5客組  径 15cm 高 6cm

作 5代 清風与平 (1921-1990)

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No.24 キャラメルバナナケーキ

スィーツはそれほど好きな方ではないのだが、去年から時々家で作るようになった。店頭から小麦粉が売り切れるようになった、あの時期だ。皆、考えることは同じね、と思いつつTVの料理番組で見た焼菓子で、簡単に作れるレシピがいくつか私のレパートリーに加わった。お菓子作りは難しい。分量を少し間違えただけでも膨らまなかったりして失敗する。そんな中で、このバナナケーキは作り方がかなり簡略化されていて失敗が無いのが気に入っている。元々、番組で紹介されたのはりんごを使ったケーキだった。りんごで何度も作ってとても美味しかったのだが、りんごは多く出回る季節が限られているので、ある時りんごをバナナに置き換えて全く同じレシピで作ってみたら大成功。普段はあまりいただかないスウィーツの中でもバナナケーキは好きだったので、家で作れたのは嬉しい出来事だった。いつもはシンプルに切り分けていただくが、今回は生クリームのホイップを添えた。

 花柄の手描きの絵付けが美しい、マイセンのケーキ皿。古い物ではないと思うが、言わずと知れた旧東ドイツの名窯で、食器だけでなく彫刻のような人物や動物の美術的な磁気製品も多く作っている。東ドイツ時代には国営の窯だったのだが、ドイツ併合後は民営化され経営が難しくなっていると聞き、心配だ。これは、一脚のカップ&ソーサーとケーキ皿の3点セットで持っている。せっかくの手描きの花が隠れてしまうのは残念だが、食べ終わった時に現れる見込みの花もまた楽しみだ。

器 マイセン焼 ケーキ皿 径18cm

 

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No.23 エンドウ豆の葛かけ

 大阪、なにわの伝統野菜に指定されている、碓井エンドウ。関東では滅多に出回らず、この前八百屋の店頭で初めて見つけた。その日のお目当てはグリーンピースだった。見つけた、と思ってよく見ると全体が黄味がかっていて、一瞬、鮮度がイマイチ?と勘違いしたのだが、よく見ると商品名が違う。うすいエンドウ。聞いた事がなかった。尋ねると『グリーンピースみたいなものだけど、もっとホクホクして青臭さが少ない。関西でよく食べるんだよ。美味しいよ』と教えられた。考えていたメニューは、出汁と薄口醤油で翡翠風に煮て、味が絡むように少し葛を掛けようと思っていたので、この豆で初めて作ってみた。確かに青臭味が無く、ホクホクして豆の味が濃い。色が若干黄味がかっている分、思っていたグリーンピースの様な色の鮮やかさには欠けるが、発芽する芽の部分が黒く、可愛らしい豆だ。これはこれ。とても美味しくいただいた。後で調べたらアメリカから伝わった種で、日本では大阪府羽曳野市の碓井地区で根付いたそうで、この名がついた。現在は和歌山県の特産らしい。関西ではこの豆でお豆ご飯をするそうだ。次回出逢うことが有ったら、ご飯でいただいてみたいと思う。

 葛をかけた煮物なので蓋物に、と思いこの小振りの永楽の器に持った。赤絵に金を使って、さらっと描かれた筆使いがとても優しい。蓋物にしては小さめな作りで、小鉢として、本体だけでもよく使う。第14代 永楽善五郎 (得全)の奥様で、永楽妙全(みょうぜん 1852-1927 お悠さん)の作ではないか、と思われる。

器 赤絵蓋付小鉢 径8,5cm 高8,5cm

作 永楽 妙全