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No.89 だだちゃ豆

今では当たり前に関東でも流通しているだだちゃ豆。山形県の名産で、夏の終わりに出回る枝豆だ。鞘の毛は茶色っぽくて、実は小振りだが味が濃くてとても美味しい。

たっぷりの塩で揉み洗いして少し置き、そのまま沸騰した鍋に入れて茹でる。茹だる湯気に豆の良い香りが立ち上り、食欲をそそる。まだ、陽の残る夕暮れ時に冷えたビールといただく。昔から変わらない夏の醍醐味だ。豆自体にはあまり塩をせず、食べながら気分で塩をつけたり、つけなかったりする。

今日の主役はこの、兎の手塩皿。おおまかに兎を象った白磁の地に、呉須で絵と吹き墨で色を付けている。柔らかくて長い耳と、小さな眼が優しい。皿には小さな脚が3本。中央が大きく窪んでいるので、少量の調味料を入れるのに使いやすい。

作者は、加藤 静允(きよのぶ 1936〜)さん。京都の小児科医で、陶芸家でもある。陶芸は趣味で、一時期は販売もしたらしいが、今では知人に贈る程度だそうだ。磁器を作り、伊万里の写しをよくされる。兎のモチーフは伊万里で多く作られていて、加藤氏の作品にも兎の絵柄が多いようだ。私も加藤氏の他の作品は実際に見たことはない。が、この小皿は縁あって我が家に迎えることが出来た。大事に、楽しんで使わせていただこう。

器 白磁兎染付小皿 径7x5cm 高1,5cm

作 加藤 静允

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No.88 冷奴

 京都の老舗のひとつ、たる源。寿司桶や御櫃、湯豆腐桶などが主な商品で、樽や桶を作り続けるお店だ。この小さな片手桶と猪口は、組ではなく別々に求めた物。桶は銅、猪口は銀の針金で締められている。9月とはいえまだ残暑の日に冷奴を盛った。塩でいただいても良いし、醤油なら別な小皿に。色の無い食材であっても木地のままの器はすぐ染みになるので気を使う。部分的に濡れると染みが出来るので、桶も猪口も使う前に全体を水に潜らせると染みになりにくく、綺麗に使うことが出来る。

冷酒は、4代清水 六兵衛の燗鍋に入れた。燗鍋は、その字の通り酒を入れてお燗する器の事だ。鉄や錫などの金属製の燗鍋も多く、焼物であっても昔はそのまま火にかけてお燗したそうだ。燗鍋はお茶事で使う懐石道具で、その素材に関わらず組み合わせるお猪口は漆と決まっている。今回は少し崩して、燗ではなく冷やした酒を入れ、猪口も漆ではなく木地のものを使い、涼しさを演出してみた。

六兵衛の燗鍋は、京焼らしいきめの細かい土で、薄手で優雅な作りが上品さを、丸いフォルムと小さな3本の脚が愛らしさを感じさせる。若松の図柄は新春向きと思うが、涼しげな絵柄が気に入って冷酒にしてみた。燗鍋はお燗が前提の器なので、持ち手が付く。この持ち手には葡萄の蔓が巻かれていた。古くなって朽ちていたので外したが、使い手を思いやった素敵な工夫だった。

器 燗鍋 幅14cm(口含) 高18cm(持ち手含)

作 燗鍋 四代 清水 六兵衛

器 片手桶 径9,5cm 高10cm 猪口 径4,5cm 高4,5cm

作 片手桶、猪口 たる源

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No.87 鱧と冬瓜のお吸い物

 冬瓜。夏に収穫され、夏が旬なのになぜ冬の瓜なのか不思議に思っていた。収穫して数ヶ月保存が効くので、冬でも食べられる事からこう呼ばれたらしい。私が初めて冬瓜を知ったのは、若い頃に出張で行った香港だ。取引先に連れて行ってもらったチャイニーズレストランでいただいた冬瓜のスープ。中身をくり抜いた冬瓜本体を器にして、干し海老や貝柱を使った、深みのある美味な中華の出汁で煮込んだ冬瓜が入っている。見た目のインパクトも衝撃的で、また初めて食べるスープの沁みた冬瓜が美味しくて強く印象に残っている。思えば、とても景気の良い時代だったのだ。普通に陶器の器に入った同じメニューも有るが、多分プラスアルファの価格で器を冬瓜で供するサービスが有ったのだ、と何年も経ってから気が付いた。

その後、暫くして地元の八百屋でも冬瓜を見掛けるようになった。和食でもよく使われる食材だと知り、好んで使うようになった。あの、最初に口にした冬瓜のスープの味は無理だけれど、和風のお出汁で煮たり、鶏挽肉で餡掛けにしたり。暑い日はそれを冷やしても美味しくいただける。冬瓜自体にはほとんど味が無いので、味付け次第で色々楽しめる。加熱すると半透明になるので、見た目の涼しさも夏向きだ。

その冬瓜と鱧でお吸い物を作った。お料理屋さんならもう少しお上品に盛るはずだけれど、どうしても欲張る。冬瓜も鱧もたっぷり盛り、吸い口にかぼすを添えた。鱧の上品な味わいとほんの少しの脂が加わり、とても美味だ。

使った器は溜塗の漆の碗。石川県の山中温泉辺りで作られているので、山中塗の名で通っている。作者の辻 石斎は、初代が天保11年(1840)に木地師(漆を掛ける前の下地作り。木を削って造形する職人)としてスタートしたが、後に漆に転向したのだそうだ。この碗は、二代の作かと思われるがはっきりしない。加賀藩という土地柄、茶道との繋がりが有り、関連のお道具も多く作ったらしい。この碗も、茶懐石に使われる懐石道具だ。箱には虎渓好みの飯碗と書かれている。虎渓についても調べてみたが、解らなかった。その時代の数奇者だろうか。茶懐石で言う飯碗とは、一文字のご飯を盛るための碗という事だが、大振りの汁物碗として使った。

器 虎渓好飯碗 五客

作 辻 石斎

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No.86 鱧

 関東で生まれ育った私が鱧を知ったのは、父の転勤で数年の間、関西に引っ越した頃だったろうか。住んだのは京都ではなかったのでそれほど身近ではなかったけれど、関東にいるよりは鱧に関する情報は多かった。数年で生まれ育った実家に戻って来たので、実際に鱧を口にしたのは大人になってからだったと思う。今や地元の魚屋で、開いて骨切りした鱧が買えるようになった。今年も季節になってから既に何回かいただいているけれど、今日は湯引きした鱧に梅肉のたれを掛けた。京料理でも定番の料理ではないだろうか、お料理屋さんで何度もいただいたことがある。

鱧の骨切りは、専用の鱧切り包丁を使用し、一寸(約3cm)に26筋の切り目を入れられるようになると料理人として一人前、と言われるのだそうだ。その骨切りの技術を持たないため、鱧は京都以外の地域で中々出回らなかったという。今はその技術も広まって来たということだろうか。

 近頃人気のある習い事の中に、金継ぎがあると知って驚いた。サステナビリティの流れに加えて、直しがアクセントになってお洒落、と若年層にも受け入れられているようだ。古い器やお道具に直しは付き物で、金継ぎ職人が居られて、古くからの技術が受け継がれている。ホツ(欠け)や入(にゅう、ひび割れ)の修理として漆に金や銀を使って直す。今は、漆に代わる樹脂などが有って、素人でも手軽に出来る手法、という事だと思う。が、それが習い事と呼ばれていることには少し戸惑った。もちろん大事なもの、気に入った器を修理して使い続けることはとても歓迎出来る事だし、そうして残って来た器を好んで使っている私にとっても喜ばしいことだ。器やお道具だけでなく、ニットや布の衣服にも、ダーニングという金継ぎと同じニュアンスの修理があり、最近は人気が有るようだ。

この、金継ぎのある小皿は唐津。そこそこ古い物ではあると思うが、いつの、誰の、というような能書のある皿ではない。素朴な唐津焼の皿だったのかもしれない。が、いつの時代だろうか新しくはない、しっかりした厚みのある金の直しが、更にこの皿の風格を増している。これぞ金継ぎの魅力、と思う。

器 唐津焼小皿  径11,5cm x10,5cm 高3,5cm

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No.85 ゴーヤチャンプルー

 沖縄料理で知られる代表格はゴーヤチャンプルーだろうか。今年は沖縄返還から50周年の節目に当たるそうだ。その沖縄の野菜も今や栽培自体が本州でされていて普通に八百屋で手に入る。ゴーヤの名が定着しているが、少し前までは苦瓜という名もよく耳にした。その名の通り、ウリ科の植物の実で、熟す前の青い状態で収穫した物がゴーヤだそうだ。沖縄の野菜だけあって暑い時期の食材として理に適っている。ビタミンCとカリウムが豊富で、苦味の成分は胃液の分泌を促し、夏バテにも効果的だとか。いつも思うのだが、その土地に根付いた食文化は身体にも、味覚にも本当によく出来ている。長い時を経て作られてきたのだなあと改めて感心する。

ゴーヤチャンプルーは、ゴーヤと島豆腐(沖縄の水分の少ない硬めの豆腐)、野菜や豚肉などを炒めて卵を加えた料理だ。沖縄の言葉でチャンプルーは炒めるという意味だそうだ。ゴーヤは手に入っても島豆腐は身近に無いので、木綿豆腐を少し長く水を抜いて使った。トッピングには削り鰹。鰹の香りとゴーヤの苦味が程良く、とても美味しく出来た。

私はゴーヤは嫌いではないし、夏には時々食べたくなるのだが、この苦味を好まない家族も居て買う事はあまりない。このゴーヤは、以前の職場で一緒だった後輩からいただいた。彼女のご両親がご実家で家庭菜園をやっていて、そこで収穫したのだそうだ。家庭菜園とは思えない程の出来だ。ゴーヤの他にも玉葱や馬鈴薯も沢山頂戴し、ありがたくいただいている。

この皿は備前焼。親子で人間国宝となった藤原 啓、藤原 雄という備前焼の陶芸家が居るが、その息子の方、雄さん(1932-1996)の作品だ。備前としては明るい色の土を使っていて、豪快で華やかな紅の緋襷(ひだすき)が力強い。素朴だけれど生命力を感じる料理によく似合う。

器 備前火襷大皿 径26cm 高5cm

作 藤原 雄

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No.84 焼酎のロック

 大分県特産のかぼすが、今年も親戚から届いた。大きくて、皮は緑が深く果汁がたっぷり。既に何度も魚の塩焼きなどの料理で美味しくいただいている。だが料理ではなく、この焼酎のロックにスライスしたかぼすを浮かべるのも美味しい。一度、メキシコのコロナビールを気取ってビールに絞ってみた。柑橘の香りが香って夏向きではあるけれど、少し苦味が強くなるので、私はこちらの焼酎のロックが気に入っている。

 このバカラのタンブラーは、現代の物でアンティークではない。しかし、バカラ自体の発祥は1764年だそうで、260年近い歴史があると知って驚いた。バカラは、フランス北部のロレーヌ地方、バカラ村のクリスタルメーカーで、ルイ15世の認可によって創設された、と公式HPに記載がある。世界史で学んだブルボン王朝第4代フランス国王、ルイ15世。260年前だものなあ、と気が遠くなる。260年前の陶器はそれほど珍しくはないが、その時に出来たブランドが、今も変わらず同じアイテムを作り続けているのは凄いことだと思う。

バカラの近世のグラスを使って、いつも感じるのはその重さだ。クリスタルは元々ガラスより重い上に、バカラのグラスは、底の部分が厚く作られ、底に近い部分もグラスの口よりかなり厚みが増している。だから全体の重量も重いけれど特に下部に重量感があり、それが持った時の安定感、机に置いてあって倒れる事はまず無いだろうという安心感に通じるのだと思う。

我が家には古いバカラのグラスや器は他にも在るが、こういった大きめのタンブラーは最近のデザインなのだろう、古いものを見掛けることが無い。大きい透き通ったタンブラーに氷をたっぷり入れて、透明な焼酎を注ぐ。瑞々しいかぼすの断面が一層清涼感を感じさせる。

器 BACCARAT クリスタルタンブラー 径 10cm 高12cm

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No.83 蛸の柔らか煮

 私が自分で蛸や烏賊が好きな事は、もういい加減大人になって気が付いた。実家にいた頃は母が好きでよく食べていたけれど、当時は自分が特に好んだ記憶は無い。いつの間にか好みも変わっているようだ。今や高齢となった母は蛸や烏賊の刺身は食べ難く、たまに蛸を柔らかく煮る。味醂と酒と醤油、梅干しも加えた。柔らかくなるまで小一時間。大分縮んだけれど、良い色に出来上がった。

 蛸は、永楽の深さのある小皿に盛り付けた。小振りで、深さは有るのだが量を多くは盛れない。お料理屋さんのようでちょっと気取った雰囲気だ。蛸を盛ったら絵付けの色と馴染んで、良い感じに落ち着いた。

この皿は、多分中国の古い焼き物の写しだろうか。どの代かは不明だが、高台内に永楽 善五郎の印が在る。横長だけれど、上下にも緩く膨らんで、この形を何と呼ぶのだろう、と考えていたら『木瓜型』と教えられた。丸や楕円とは少し趣の違う形が楽しい。小さな見込みには舟に乗った人物が描いてある。舟遊びかと思ったけれど、よく見ると女の子は荷物を持って、右手の人物は厚手のコートのようなものを羽織っている。旅の道中なのかもしれない。

今ではもっと平たい皿を使うけれど、昔は刺身醤油を入れるのに深さのある小振りな器を使っていたようだから、この器もそんな風に使われていたのかもしれない。

器 木瓜型色絵小皿 径 8,5cmx6cm 高 3cm

作 永楽 善五郎

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No.82 フォー

 前回の棒棒鶏の茹で鶏を煮た時のスープで何を作ろうか、と考えた。少し白濁した生姜風味、やっぱり麺類が合いそうだ。暑さの反面エアコンで冷えた身体に、優しい味のフォーを作った。フォーはベトナムの米を原料とした麺料理だ。中国や東南アジアで多い、ライスヌードルを使った料理には台湾のビーフンやタイのパッタイなどが有る。パッタイの麺もフォーと同じ、きしめん状の平たい麺だ。乾燥のライスヌードルをぬるま湯で戻して茹でる。味を整えたスープに茹で鶏とパクチーを飾った。

フォーを盛ったのは、三浦 竹軒(ちっけん)の鉢。京焼で1883年(明治16年)に窯を開いた初代 三浦 竹泉の三男で、父亡き後二代を継いだ兄が早世したため三代を継ぐことになる。しかしそれから10数年後の1921年(大正10年)、四代(兄の二代の息子)に代を譲り、自分はその後 竹軒 と名乗り作陶を続けている。初代の三浦 竹泉(父)は、13歳で高橋 道八に弟子入りし、陶芸を学んだ。竹泉は磁器の染付けが多いが、器用な方で、色絵や金蘭、祥瑞など代々、手法も多岐に富んだそうだ。書画を趣味としたそうで、その影響からか煎茶道で珍重され、お煎茶道具を多く作っている。

竹軒のこの鉢も、本来は菓子鉢と思われる。厚手でずっしりと重みのある鉢で、深さも有る。土に白薬を掛けた上に呉須で漢詩を書いている。釉薬が厚く掛かった所はガラス質になり細かな貫入が見える。轆轤目が浮き出た肌の表情が優しい。

器 漢詩染付深鉢 径 13,5cm 高 10cm

作 三浦 竹軒 

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No.81 棒棒鶏

 買い物に出掛けたら、骨付きの鶏のもも肉のパックに値下げのシールが貼られているのを見つけた。前日売れなくて期日が近くなったのだろう。骨のない開いたもも肉を買うつもりだったのだけれど、骨を外せば同じ事だしこのまま廃棄されちゃうことになったらなあ。と思って手に取った。折角骨付きならこのまま茹でてスープも取ろう、と考えながらシール付きのもも肉2本を買って帰った。帰ってすぐに塩をもみ込み時間を置いて茹でた。葱の青い部分と生姜を加えて弱火でゆっくりと。おかげで柔らかくて程よい塩味のもも肉が茹だった。棒棒鶏が良いな、と思いついた。

使った皿は、古染付け。種類の違う草花が放射状に4種描かれた柄が気に入っている。古染めにはあまり見かけない柄で一枚しか無いが、呉須の色も良く眺めていても楽しい。瑞々しい胡瓜の食感と、胡麻だれで美味しくいただいた。

器 古染付皿 径15,5cm 高2,5cm

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No.80 トマトのビーフカレー

 暑い季節にはスパイシーなカレーが食べたくなる、と言われるが、我が家では季節を問わずよく作る。ただ、蒸し暑い時はルーのしっかりした重めのカレーより、サラッとしたいわゆるスパイスカレーの方が食欲をそそる感じがする。今回は、すね肉を煮込んだビーフカレーを作った。玉葱と人参、セロリをよく炒めてトマトも入れた。野菜は炒めた後に肉と一緒に煮込んだので、煮崩れてとろみのようになっている。カレーを食べる時、カレーの本場のようにナンなどのパンや、現地の米の場合もあるが、日本の白米でいただく時は、カレーがサラサラでご飯にすっかりしみ込んでしまうより、ご飯の上に載るくらいの方が好きだ。添えた夏野菜は後からトッピングで盛り合わせた。深く加熱した野菜の甘みにトマトの酸味が加わり、家族の好みで辛さは控えめ。優しい味のカレーが出来た。

 我が家では、洋食器の割合が和食器に比べると圧倒的に少ない。なのでどんなメニューも和食器に盛ることが多くなる。和食器でカレーをいただく時でもスプーンは金属ではなく、塗り物や当たりの柔らかい素材を使えば食器を傷める心配もない。

今回は古染付の皿を使った。焼きの甘い陶器だと、カレーの色が染みそうで不安だけれど、磁器ならその心配もない。この、唐子が踊っているような絵の皿は余白が多く、全面に絵や文字が有る皿よりも盛った料理が際立ち、映えるので使う頻度が高い。見込みの中央に7つ有る眼跡は、皿を重ねて窯に入れる時に皿同士がくっつかないようにする緩衝材で、焼き上がって外す時に釉薬が一緒に剥がれた跡だ。本来は傷のような物で、勿論無い方が良いのだろうけれど、長く使われて来た今ではこれも皿の模様の一部のように溶け込んでいる。

器 古染め付皿  径19,5cm 高4cm