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No.260 糠漬け

 八百屋で表面だけが緑色の大根を見つけた。切ると、外輪がほのかに緑で、薄切りにしてサラダに入れたり、少し前は刺身の盛り付けにも使った。普通の大根に比べると細くて短い。水分は少なく、身が締まっていて少し硬い。これはきっと糠漬けにしても美味しいだろうなと思って漬けてみた。歯応えがあって水分が少ない分、味がしっかりしていて美味しい。盛り合わせたのは人参と胡瓜。

 お皿は萩焼で、吉賀 大眉 (よしが たいび) のものを使った。白い釉薬が厚く掛かり暖かみのある質感で、縁にだけ鉄釉で細く線が入っている。調べると萩焼の白釉薬は藁灰と長石が成分で、長石が入ると、藁灰だけの時より厚く掛かると説明されていた。

吉賀 大眉(1915〜1991) は萩に生まれ、東京美術学校で彫刻を学んだ後、萩に戻って陶芸に転向。独自の手法を編み出し、萩焼の芸術性を高めたとされる。この皿もその手法のひとつで、独自の白釉薬を使った “大眉白” と呼ばれるもの。暖かみのある乳白色の肌に瑞々しい野菜の色が映える。

器 萩焼 小皿 5枚組  径13cm 高4cm

作 吉賀 大眉

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No.259 祇園坊

 粉を吹いた干し柿を模ったこのお菓子の名前は “祇園坊”。和菓子店の季節の生菓子だ。飴餡を求肥で包み、表面の粉は和三盆糖をまぶしてある。干し柿その物もお菓子として好まれるけれど、それを他の材料で作ってしまう辺りが日本の文化だろうか。

長い歴史を持つその和菓子屋の説明を見ると、この和菓子が初めて作られたのはなんと、天保11年(1840) 。柿の品種名の祇園坊から “祇園坊柿形” の名で売られたそうだ。200年近く昔にオリジナルが作られたお菓子を現在も作り続ける店の歴史もすごいけれど、今見ても遜色無く、魅力を感じさせるお菓子が作られていたことに感動する。

それは器にも通じる。材料や道具が入手困難で水道やガスや電気も無い時代に作られた物が、この今の世に生きる私達にも感動を与え、輝きを放ち続ける。昔の意匠が優れていたからだけではなくて、時代が変わっても、本質的に美しい物を感じる私達 “人間の感性” は普遍なのだろう。

 この祇園坊には上野(あがの)焼の皿を使った。上野焼は現在の福岡県田川郡、当時の豊前国上野に開かれた。豊臣 秀吉の朝鮮出兵の引き上げの際に、加藤 清正が連れ帰った陶工、金 尊楷 (上野 喜蔵)が、細川 忠興の小倉城入城の際に招かれ、この地に窯を開いたのだそうだ。最初の窯は皿山窯(本窯)、釜の口窯、岩谷窯(唐人窯)の3つで、これらは上野古窯と呼ばれる。江戸時代には茶人にも好まれ、遠州七窯のひとつに数えられた。明治時代に一度衰退したが、1902年に復興、現在は指定伝統的工芸品の指定を受けている。

上野焼の特徴は、生地が薄くて軽い事と釉薬の色が多く、窯変によって千差万別の模様を作り出す事で、基本的に絵付けはされない。この皿も、釉薬が厚く溜まって盛り上がり、部分的に素地が見えている、この手法は紫蘇手と呼ばれる。紫蘇手は江戸時代後期に多く作られたらしいのと、裏の印からこの皿も江戸後期の物と推定される。5枚組で、それぞれの釉薬の模様はことごとく違っていて面白い。この、黒の紫蘇皿には祇園坊が良く似合う。

器 上野焼 紫蘇皿 5枚組  径12cm 高3cm

作 不明

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No.258 帆立の昆布締

 新鮮な帆立貝の貝柱は、それだけで甘くて美味しいけれど軽く昆布締めにすると味が凝縮し、旨味がねっとりと舌にからみつく。

 帆立貝の形をした皿には、やはり帆立を盛ってみたくなる。この皿はいつ、どこで作られた器なのか判らない。添っている箱が無いので情報も無い。皿を見ると、まるで古染付のような肌で裏には高台が無く、帆立貝を模した筋が走る。絵は西洋の更紗を思わせるし、呉須は縁取りのほんの一部に使われているだけでほとんどは赤、そこに所々金泥が乗る。東洋と西洋が混在する、華やかさと可愛らしさも同居する、不思議な皿だ。料理を盛るより飾って楽しむための皿なのかもしれない。

帆立の昆布締めは、八百屋で見つけた皮が翡翠色の大根、ブロッコリースプラウトと盛り合わせた。つまに工夫を凝らして盛り合わせるのも楽しみがある。

器 赤絵 帆立貝皿  径 縦16,5x横16cm 高 3,5cm

作 不明

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No.257 熱燗

 紅葉の季節。色付いた葉が青空に映え、乾いた風に落ち葉が舞う。寒い季節を思うと暗くなるけれど、長すぎた暑さを思うとほっとしたりもする。気温が定まらない今頃は、ちょっとした気温差で身体が欲する温度も変わる。冷たかったり温かかったり、熱かったり。

熱燗が美味しい季節になった。手付きの徳利は、第4代 清水 六兵衛 のもの。色付いた紅葉の葉が水に浮く様だろうか。円形の銅は、よく見ると縦に細い面が取ってあり、六兵衛らしさが見える。呉須と朱で描かれた秋の景色に、口周りと手に使われた金が華やかさを加える。

手が付いている徳利は珍しい。大きめに開いた口とその脇に丸い手が付いている事で、和食器から離れて西洋風な趣を感じる。酒ではなくソースやドレッシングを入れても使えそうだ。次は湯豆腐のたれを入れてみようか。

器 手付き徳利  径 6cm 高 11,5cm

作 第4代 清水 六兵衛

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No.256 うずら煎餅

 張貫(はりぬき)。あまり聞き慣れない手法かも知れない。この皿は紙で作られた生地に漆を塗って作られている。

木で作った原型に、和紙などの紙を糊で何層も貼り重ね、乾燥して固めてから型を貫いて原型から外す。紙と漆で出来ているのでとても軽い上に丈夫で、茶道具に使われる。他にも彩色した郷土玩具(首振りの虎の張子)などを見たことが有る。

 生地の上に何層の漆を掛けてあるのだろう。中塗りの黒漆の上に上塗りで朱の漆を掛け、削って所々に下の黒漆が覗く、いわゆる根来の手法だ。生地の紙のざらざらした質感は、漆を何層も塗り重ねても残っているし、その凹凸が黒色が覗く様を作り出す。素朴でありながら造形は几帳面で、一体感が有り品格を感じる。裏の四角い高台の中は朱を掛けずに黒。使う時、裏は見えないけれどこの皿をきりっと引き締めている。

 京都のお土産にいただいた “うずら煎餅”。老舗の料亭のもので、初めて知った。形は料亭のシンボルである瓢だし、お煎餅だからどこが鶉?と思ったら、原材料に鶉と明記してあり、本当に鶉を使ってあると知った。お店のサイトで調べてみたら(以下抜粋)、

『鶉”は、小鳥の中でも最も美しく、しかもその上品な味は、昔から日本料理には欠かす事のできない貴重な素材です。その身を細かくすりつぶし白味噌・赤味噌と共に炊いた”うずら味噌”をからませてひょうたん形に焼き上げました。お口の中でほんのりと香るうずら味噌のお味をどうぞご賞味くださいませ。』

とある。確かに植物性調味料だけではない味の深味が有り、形も味も贅沢なお煎餅だった。何を載せたら素敵かしらと考えていた、この朱の張貫が思い浮かんで盛ってみた。

器 唐物 張貫四方皿 5枚組 径10x10cm 高2,3cm

作 不明

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No.255 さごしの味噌漬

 日本海側の港で水揚げされたさごし。これは関西の呼び方で、関東では”さごち”と呼ばれる事もあるらしい。聞き慣れない魚だけれど、この”さごし”は鰆の幼魚。冬の旬には少し早いけれど、これも急な冷え込みのせいだろうか。小さいだけで味や身は鰆と同じ。自家製味噌に蜂蜜を混ぜた蜂蜜味噌に漬けて焼き、ししとうと甘酢漬の茗荷を一緒に菊の皿に盛り合わせた。

 この皿は古清水焼。皿全体で菊の花を模り、青と緑の釉薬で葉が描かれている。皿全体に灰色の貫入が有り、それが地模様になっている。現在の清水焼が確立する前の江戸時代前期から中期に作られたこの皿。意匠は今見ても洒落ている。作られた当時、この皿にはどんな料理が盛られていたのだろう。箱は無いけれど5枚揃っていて、貫入の具合は皿によって違っている。大事に受け継がれて来たのだろうけれど、この皿に記憶が残っているとしたら、皿が見てきたこれまでの風景を見てみたいものだ。

器 古清水焼 菊皿  径16,3cmx12cm 高3,3cm

作 不明

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No.254 ふかし芋

 薩摩芋の手軽な料理、ふかし芋。洗って蒸すだけで美味しい。残ったらバターでグリルしても美味しいし、生クリームや砂糖を加えてスイートポテトにも出来る。薩摩芋や南瓜の甘い芋類の美味しさには最近目覚めた。歳を重ねてその美味しさに目覚めたらしい。味覚や好む色は歳を重ねると変わるようだ。

 蓋付きの器は、先週と同じ岩倉焼のもの。細い線描きの笹が描かれている。使われている色は呉須と鉄釉だけ。いかにも岩倉焼らしい絵付けだ。菊の小皿とは趣が違う、本来の岩倉焼らしさを感じる。

岩倉には思い出がある。15年ほど前、ひとりで京都に滞在し初めて鞍馬寺を訪れた時のこと。鞍馬寺から木の根道を通って貴船神社にお参りし、バスで貴船口へ戻って叡山電鉄鞍馬線で市中へ帰る。その途中に岩倉という駅が有る。行きに岩倉焼の岩倉かしら、と気になりつつ、気持ちは目的の鞍馬山に向かっていた。帰る車中でまた岩倉駅を思い出した。散々歩いて疲れていたけれど、異を唱える人も居ない。これを逃したらまた来る事も無いかもしれない、と思いきって降りてみた。

今は窯が無いのは知っていた。地図で見たら天台宗の門跡寺院で実相院という寺院が有るので行ってみることにした。駅から歩いて10分ほどだっただろうか。道すがら行く先の道に落ちる影が長く、背丈の3倍くらいの自分が居たのを覚えている。きっと今頃の季節だったのだろう。門の前まで行くと、市バスの終点があった。計画して行くのであれば、この方法が楽かもしれない。床に映る季節ごとの景色が美しいお寺だが、残念ながら紅葉にはまだ早かった。その時は観光客など1人もいない、静かなお寺をお参りして帰った。

 蓋の持ち手には七宝紋。几帳面な細工で深く凹凸がつけられ、上品な美しさが有る。岩倉焼は焼きが甘いので濃い色の料理を盛ると色が染み込みやすいから少し気を使う。蓋物だし、この器に何を盛ろうか、と考えを巡らせるのも楽しい。

器 岩倉焼 笹図蓋物 本体径16,8cm 高9cm 蓋径15,6cm 高3,2cm

作 不明

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No.253 たらこの煮物

 魚屋の店頭で生の助惣鱈の子、生たらこを見つけ久しぶりに大好きな煮物を作った。まだ少し粒が小さめだけれど、塩漬けのたらことは違うしっとりとした舌触りに “そうそう、これ” と思い出す。

 たらこは岩倉焼の菊の小皿に盛った。皿いっぱいに具象的な菊が呉須で描かれ、鉄釉で一枚、大きめの葉がのぞく。細い均一な線描きの菊に対して、葉は筆の面を使った濃淡で絵画的に表現されている。釘で鉄釉を削ぎ取った線によって葉脈が表現されている。菊の花だけだと紋章のように感じるけれど、この葉の表現はとても柔らかく、生きている植物を感じる。花と葉の対照的な表現が同居して、不思議な雰囲気を作っている。

岩倉焼は京焼のひとつで、柔らかくてきめ細かい乳白色の薄い作りが特徴。絵付けには呉須と鉄釉を使い、余白を残したさっぱりした物が多い。皿の見込みいっぱいに描かれたこのような岩倉焼はあまり見た事がなく、珍しいのではないかと思う。

器 岩倉焼 菊絵小皿五枚  径11,5cm 高3,5cm

作 不明

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No.252 エスプレッソ

 金木犀が真っ盛りと言うのに、コートが必要なほど急に冷え込んだりする。年々秋を楽しむ時間のゆとりが無くなっているのが残念だ。

 暑い間はオーブンを使うのを敬遠したけれど、今はその熱が恋しい。八百屋の店先で紅玉を見つけて、久しぶりにケーキを焼きたくなった。甘い林檎の香りがキッチンに立ち込こめる。なんとも言えない幸福感を感じる。度々作っているこのケーキは作り方がとてもシンプルで、失敗も無く気に入っている。

カラメルの程よい苦味と甘味にバターが加わって、紅玉の酸味を引き立てる。飲み物はコーヒー、と思ったけれど深煎りの豆が有ったのでエスプレッソ風に濃く淹れた。使った器は Susie Cooper (スージー クーパー)。このデザインは Susie Cooper の中でも初期の物で、バックプリントは帆船。彼女が自身の陶器ブランドを始める以前 “グレー&クラウン社” に居た1921年頃に使われたスタンプだそうだ。

この手描きの花柄は、以前の回で大皿や鉢など何度か登場している(2021/2/26  No.9 と2021/8/13 No.33) けれど、この小さなカップにも変わらぬ大きさの花が描き込まれている。時代はアール・デコ。この頃の Susie Cooper のデザインは色を面で表現する筆使いの物が多く、使っている色も強い。その後のSusie Cooper ブランドの優しい雰囲気の器とは趣が違っている。

写真のデミタスのカップ&ソーサーと皿は、絵のタッチと色が同じなので一見揃いの様に見えるけれど、実は柄は違う。バックプリントも、同じ帆船だけれど両者で少し違っていて、カップ&ソーサーの方がより古い時代に作られた物と思われる。今から100年昔の英国で、紳士淑女が食後のコーヒーを楽しんでいたのだろうか。

器 Susie Cooper ハンドペイント デミタスカップ&ソーサーと小皿   カップ径5,2cm 高5cm ソーサー径11cm 高2cm 小皿径13,5cm 高1,3cm

作 Susie Cooper (England)

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No.251 焼き栗

 立派な栗を見つけて、焼き栗を作った。季節になって木の実、山の幸と向き合ってみると、食料を求めて人里に出没する野生の熊を思ってしまう。気候のせいで熊が食料とする木の実が不作とも言われるが、人が栽培している作物や、人の食の廃棄物なら楽に満腹になる、と熊が学んで来たのも事実だろう。人が廃棄物を狙われないように工夫すれば、熊も一歩踏み込んで貯蔵庫などを荒らしたりする。生きるために楽な方法を学んで行くのは致し方ないのかも知れない。熊や猪、野生の動物達が人間は暮らすための労働が楽になっているのだから自分達も、とまでは考えないにしても時代と共に人間社会との関わり方が変わって来ているのだなあ。などと栗を剥いて食べながら考える。

 籠を模った鉢。緩い六角の形、細かく裂いた竹の繊維で編んだ表面を表す凹凸も、色の付け方も良く表現されている。見込みには鮮やかな青と緑で大きく実った夕顔が描かれている。

この鉢は古清水(こきよみず)。古清水とは、江戸時代中期以前に京都で作られた、優雅な色絵陶器を呼ぶ。現在の “清水焼” が誕生し、磁器が多く焼かれるようになって、以前の物を新しい “清水焼” と区別する意味で、幕末の頃から “古清水” と呼ばれるようになったそうだ。古清水の多くは 野々村 仁清 風の繊細な色絵陶器。とは言っても仁清の作品のような完璧とも言える気品の高さよりは、むしろ少し肩の力の抜けた温かみのある器が多いのでは、と私は感じている。

器 古清水 六角鉢  径20cm 高6,8cm

作 不明