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No.239 夏野菜の梅おかか和え

 きめが細かく、透き通るような白磁の器は長崎県三川内町にある三川内焼のもので、平戸焼とも呼ばれる。

今から約400年前、戦国時代から江戸にかけて活躍した、肥前国平戸藩の初代藩主である松浦 鎮信 (1549〜1614)が、朝鮮から陶工を連れて帰った。そしてその中の1人、巨関(こせき)に平戸・中野で窯を築かせ、平戸焼とした。この、最初の窯が平戸だった事で、平戸焼とも呼ばれているらしい。しかしこの地には良い陶石が無く、巨関は息子と共に三川内へ移り住み、この地で平戸藩御用窯として庇護を受ける。

陶工たちは損得や利害を超えてひたすら優品を作ることに没頭し、青磁、白磁、染付をはじめとして錦手、彫刻物、盛上物、捻り物など多種多様の技を極めるようになる。それらはオランダや中国に輸出され海外の王侯貴族にも珍重されたそうだ。その後、三川内焼は40ほどの窯元によって受け継がれて来た。

この白磁の器は三川内焼の嘉久房(かくふさ)窯、平戸 悦山 のもの。昭和後期の物で、時代のある物ではないけれど、きめ細やかな白磁の肌と、ゆったりとした膨らみのあるフォルムが美しい。悦山が大事にしたのは、白磁の “白の色へのこだわり” だそうだ。この器の透き通る白を見ていると、その拘りが伝わって来る。

 口が三つに大きく割れた形の器を “割山椒” という。山椒の実が弾けた姿をなぞらえている。この形は、陶器、磁器を問わず向付には割と多く有る。陶器の、厚さと温かみのある割山椒も良いけれど、この白磁の割山椒はすっきりと美しく、なんとも涼やか。今が旬の水茄子と胡瓜、茗荷、大葉を梅肉とおかかで和えて盛り付けた。

器 白磁 割山椒向付  径9cm 高7cm

作 三川内焼 嘉久房窯 平戸 悦山

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No.238 紫蘇ジュース

 今年、裏庭の梅の木にかつてない程の数の実がなって、梅仕事に追われた事は No.234 の 梅ジャム の回で書いた。いつもお願いしている植木屋さんに聞いたら、梅の実が豊作だったお宅は多かったらしい。気温や日照時間、受粉などのタイミングが良かったのでしょう、との話だった。たまたま我が家の梅が多かった訳ではなく、近隣の地域で同じ現象だったのだとすると確かに気候条件に拠るものなのだろう。こんな身近にも気候変動の影響、恩恵が起こるのかと驚く。気温の上昇は弊害が多く、確かに大問題では有るけれど、自然界で考えると収穫が増えるメリットもある。知ってはいたけれど、なるほど、と実感する出来事だった。

その梅の実の豊作で今年は作る気のなかった梅干しを漬け、その為に買った赤紫蘇が余って紫蘇ジュースを作った。紫蘇ジュースは疲労回復や夏バテにも良く、以前にもよく作っていた。汗をかいて外出から帰った時に、炭酸水で割って飲むととても美味しい。

 赤紫蘇は大きな枝から葉を外し、洗って水気を切る。もし有れば緑の紫蘇、大葉も少し加えると一層美味しい。紫蘇の量に見合う分量の湯が沸騰したら鍋で煮出す。粗熱が取れたら葉を取り除いて濾す。分量の砂糖を加えて溶かし、最後にクエン酸を入れる。清潔な瓶に入れて冷蔵庫で保管すれば夏の間楽しめる。

 紫蘇ジュースを注いだ可愛らしい花柄のタンブラーは、私が子供の頃から実家に有ったもの。昭和を感じる素朴な色と柄に愛着を感じる。夏場にミルクやカルピス、麦茶などを飲む時によく使う。器としての価値は高くないけれど、私にとっては思い出のある、大切な一品だ。

器 花柄タンブラー  径6,8cm 高12cm

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No.237 バナナケーキ

 つい最近オーブンレンジを買い替えた。配置するスペースの問題で暫く悩んでいたのだが、下見していた家電量販店で販売員に相談している時に、お勧めの機種を値引き出来ると言われ、その機種に決めた。結果的に予定していたより大きく、機能的にも優れたオーブンレンジになった。

 新しいオーブンが手に入ると使ってみたくなるもの。久しぶりにバナナケーキを焼いた。生地にキャラメルとバターで煮たバナナを混ぜ込んで焼く、簡単なレシピだ。焼き立てはそれはそれで美味しいけれど、むしろ1日置いて冷蔵庫で冷やした方がしっとりして美味しくなる。ホイップした生クリームを添えて盛り付けた。

 この四角いケーキ皿はShelley (シェリー) 。”ブルーアイリス” と呼ばれる模様のシリーズで、ケーキ皿単体で6枚組で所持している。Shelley 特有の四隅に輪花のような切り込みの輪郭と中央に向かう細い峰のような凹凸。こんな造形の白い皿に、アール デコ調の繊細なアイリスが描かれている。和の器、特に角の場合は正面の向きが決まって作られている意匠の物が多いけれど、洋食器にはほとんど無い。この Shelley の皿もどの方向からから見ても写実と具象化されたモチーフのバランスの良い美しい皿だ。英国の、どんな家庭のティータイムを飾って来たのだろう。

器 ブルーアイリス ケーキ皿  径18x18cm 高1,8cm

作 Shelley (England)

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No.236 キンパ

 色とりどりの具材を巻いた太巻き。海苔でしっかり巻いて、切り分けた断面が美しく、食欲をそそる。見た目がそっくりな日本の太巻きと韓国料理のキンパは食べると味はずいぶん違う。お寿司の一種で酢飯を巻く太巻きに対してキンパのご飯の味付けは胡麻油と塩。

雑誌に、キンパの作り方が載っていた。冷蔵庫に少しずつ残った食材が上手く使えそう、と気が付いて初めて作ってみることにした。食べた事はあるけれど、作ろうと思ったのは初めてだ。そこに載っていた “基本のキンパ” とされた具材は、カニカマ、人参のナムル、ほうれん草のナムル、きんぴらごぼう、錦糸卵、べったら漬け。カニカマの残りときんぴらごぼうは有るし、人参とほうれん草も有る。錦糸卵もすぐに作れる。べったら漬けは無いけれど、頂き物のたくあんで代用出来そうだ。肉ではなくカニカマを使う所も初心者には嬉しい。かなり具沢山になって巻くのが難しかったけれど、色も栄養バランスも良い、初めてのキンパが完成した。

見た目に海苔が艶々なのは韓国海苔を使っているのかと思っていたけれど、巻いた後に胡麻油を塗るのだそうだ。見た目がそっくりな両国の海苔巻、日本の海苔巻きが韓国に伝わったものが起源という説も有るが、韓国独自の食文化として発展したという説もあるらしい。古代から交流が有った最も近い隣国だから、食文化も影響を与え合っていても不思議はない。

 存在感のある叩きのお皿は伊賀焼、谷本 景 (1948〜2024)の作。伊賀焼の復興と普及に尽力した 谷本 光生 の長男で、若い頃に欧州各地を美術研修で巡り、パリで銅版画を学んだ後、1977年に三田窯を継ぐ。伝統的な古伊賀を踏まえながらも、絵画的要素も取り入れて独自の作風を作ったとされる。叩いて平たくした土板に三脚で高さを出し、中央は重みで垂れて自然な窪みが出来ている。荒い粒の混った土が整えていない縁に強い印象を与える。窪んだ皿中央と縁に回された円模様に釉薬が溜まり、伊賀の緑釉と火色のコントラストが美しい。

器 伊賀焼 叩き皿  径 22x20cm 高 4,5cm

作 三田窯 谷本 景

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No.235 野菜の揚げ浸し

 作り置きしてあると何かと便利な揚げ浸し。この時期が旬の茄子は、野菜の中で油で揚げて一番美味しい野菜だと私は思う。揚げ浸しはその時有る野菜や根菜を素揚げして、出汁醤油に漬けるだけ。出来立ては熱々をいただいて、多めに作った分は冷蔵庫で冷やしておく。夏の時期、よく冷えた揚げ浸しはあと一品のおかずには勿論、素麺や蕎麦など冷たい麺を食べる時にもぴったりな小鉢になる。

 今回の揚げ浸しは茄子とパプリカ、ブロッコリーそれと南瓜。南瓜の旬は秋口だけれど、今流行りの “薬膳” 的にはこの時期黄色い野菜を摂るのは良いとされている。基本的に、私はその時食べたい料理が身体が欲しているもの、と思っているけれど、毎日暑いと冷たい物に偏りがち。古の人々の教訓には美味しさだけでは無い “知恵” が詰まっている。

 使った向付は兜の形の染付。この大きさは何を盛るにも使いやすくて重宝する。見込み中央の模様は全て同じではないけれど、6枚組で揃っているのも嬉しい。

 南京染付は、江戸時代に日本で “古染付” と呼ばれた中国明代末期から清朝初期に景徳鎮で焼かれた磁器を指す。江戸時代後期に清朝の染付 “新渡” が登場したためそれ以前の物を区別して “古染付” と呼ぶのだそうだ。南京染付は日本で古くから珍重されてきた染付磁器の一種。その素朴で自由な文様や形、侘び・寂びに通じる精神や美しさが心を捉える。

兜鉢の縁の羽根の部分にも呉須で模様が描かれていて、料理を盛った時に額縁のような縁取りになる。深さがあって食卓で銘々に盛り分けられる、数も揃った古染付の器はとても貴重。大切に使わせていただいている。

器 南京染付 兜鉢向付 6脚組  径14cm 高4,5cm

作 景徳鎮

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No.234 梅ジャム

 我が家の裏庭の白梅。もう老木に近い木に今年は驚くほど沢山の実がついた。今まで実を拾ってもせいぜい10数個で、梅干しや梅酒に出来るほど無く、買って来た梅で漬けていた。

2ヶ月ほど前、庭に青い小梅がいくつか落ちていた。見上げてみると小さい梅がぎっしり付いる。大きく育つ事はないだろう、と思ってその時小梅を1キロほど収穫して梅干しに漬けた。それが、意に反して小梅はどんどん大きくなり、売っている梅と遜色ないほど大きく育った。そしてひと月ほど前からは日に20個くらいずつ落ちて来た。朝夕拾うのだけれど、容器を持って行かないと手には乗り切らないほどの数だ。落ちた時に石や枝で傷がつく物も多く、熟し具合もまちまち。せっかく自宅で収穫したのだから、余さず使いたい、と欲張ってどう使ったものか頭を悩ませた。先に漬けた小梅は有るけれど、量が溜まった所で大きい実でも梅干しを漬け、青くて傷の少ない実は梅シロップ、梅酒も漬けた。傷はあるけれど熟している残った実で何が出来るかしら、と調べて梅ジャムを思いついた。

梅の実は洗ってへたを取って下茹で。冷めたところでひとつずつ種と実を分ける。茹でているのでかなり水っぽいが、これに砂糖を加えて30分ほど煮詰めると完成。味見してみると、酸味は結構強いけれど、中々美味。思っていたより量も沢山出来て、多めに用意した瓶を全部使い切った。

 自家製パンにつけて食べようと、ジャムを瓶から取り分けた器は萩焼のぐい呑み。第11代 三輪 休雪 のもの。パンは以前使った古染付に盛ったので、ジャムも和の器を選んだ。100%自家製ジャムと思うと美味しさもひとしおで、しばらく楽しめそうだ。

器 萩焼 ぐい呑  径7cm 高6cm

作 第11代 三輪 休雪

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No.233 鶏のオイル掛け

 料理番組を見ていて、料理の上にきざんだ青葱を載せ、上から熱した胡麻油を後掛けする、という料理があった。それを見て昔母がよく作った鶏もも肉の料理を思い出した。私がまだ学生だった頃、一時期、多分数年間の間、母がよく作っていた。家族の評判もよく、本場の中華料理など食べたことのない私には画期的なものだった。

 母も年老いた頃、そう言えばよく作ってたよね、とこの料理の事を話すと、当の本人はそれを作っていた事も、その料理自体もすっかり忘れて思い出す様子は無かった。毎日の献立を考える事に追われて、母は私ほどの強い印象は無かったのかもしれない。母はよく料理番組で見た料理の材料と作り方をメモしていた。それらの全てを作る訳ではないだろうけれど、その中のひとつだったのだろう。家族の中でその料理に名前は無く ”あの鶏肉にオイル掛けたやつ” のような言い方で通っていた。そこでちょっと調べてみたら、中華料理では蒸す事を “清蒸(ちんじゃん)” 油を後掛けする事を “油淋” と言うらしい。なので料理名を付けるとしたら “清蒸鶏の油淋風” とでもなるだろうか。

鶏肉を蒸して、粗熱が取れたら食べやすい幅に切り、皿に乗せる。家では簡易に茹でて作る事も多かった。唯一の味付けとなる塩を振り、上に白髪葱と生姜の千切りを山盛りに。鍋で湯気が上がるほど熱したサラダオイルを上から “ジュッ” と掛ける。白髪葱と生姜に程よく火が入り、鶏には葱油が絡む。

今の私なら鶏はもも肉ではなく胸肉にして、数時間前に塩をすり込み、下味を付けてから蒸す。肉に下味を付けたらもっと味わいが出るはずだ。そしてサラダオイルには半量胡麻油を加えて、風味と香ばしさを加える。きっと、もっとヘルシーで本格的になるだろうな、と思う。多分当時は普通の家庭に胡麻油など当たり前に常備していなかったのかも知れない。テレビの番組では馴染みやすい材料に置き換えていた可能性も有る。次回はこの方法を試してみよう。

盛ったのは江戸時代後期、伊万里焼のなます皿。白洲 正子さんの本に載っているのを見つけ時代が判明。この大きさで縁が立ち上がり、少し深さのある皿を “なます皿” と呼ぶ。おせち料理にも付き物の料理、なますの事でおかずを盛る向付の、この形態の皿を指す名称だ。母を思い出しながら、久しぶりの懐かしい料理を味わった。

器 伊万里 染付草花紋 なます皿  径14cm 高3,5cm

作 伊万里焼

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No.232 鞘いんげんのそぼろ和え

 美味しそうな、旬の鞘いんげんを買って来た。”絹さや” や “スナップエンドウ” など豆科の野菜は、茹で過ぎないシャキシャキの食感が好きだけれど、この “鞘いんげん” は少し気長に茹でるようにしている。過去に何度か失敗した事があるが、茹で時間が短いと皮の歯応えも悪く、青臭さが残って美味しくない。塩茹でした鞘いんげんを鶏のそぼろと和えて、八田 円斎 の向付に盛った。

『淡交』別冊の “光悦 光琳 乾山 時を超え息づく美” に掲載されている “八田 円斎の数寄風流” の中に「有職文様の三重襷を胴に巡らせた金襴手の深鉢」と紹介されている。薄手の白磁に、むらの残る朱の色を掛け、その上に金と銀で模様が描かれている。とても気品が有って美しい。以前 No.199 の回で、円斎 の “古染付写 笛吹人小皿” を使った。その時、元は古美術商で、と書いたがそもそも生家は指物師。父の腕を継承し、そちらの腕も確かな物だったらしい。後に京都で円能斎に茶の湯を学び、窯を開けば “今仁清” と言われるほど、何を作っても才能と技能を兼ね備えた人だったようだ。磁器も陶器も繊細だけれど堅苦しくなく上品。使う度に嬉しくなる。

器 金襴手 向付 五客  径11,5cm 高6,5cm

作 八田 円斎

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No.231 枝豆

 気温が定まらない時期。急に真夏のような暑さかと思うと雨が降って冷たい風が吹いたりする。三寒四温の時期はとうに過ぎたけれど、暑かったり肌寒かったりで、日々の服装に悩む。とは言え梅雨も近くなり、枝豆が出始めたのを見るともうすぐ夏だと感じる。

うぶ毛の付いた瑞々しい緑の鞘が映える、この濃い色の皿は江戸時代後期、作者は 大橋 秋ニ (1975〜1857) 。釘で彫って出来た窪みに白の土を使って素朴な花模様が白く浮き出している。小さい皿だけれど表も裏も轆轤目が際立ち、表情が豊か。作り手の上手さを感じる。

大橋 秋ニ は、愛知県津島市で稲垣家の長男として生まれ、 のちに大橋家の養子となり医者になる。茶事、画、詩歌と風流を好んだ。37歳の頃、京都の 尾形 周平 に作陶を学び、その後瀬戸、晩年は美濃養老山に窯を開き、養老焼と呼ばれた。作った作品は売る事はなく、ほぼ全て知人に送ったものと伝わっている。

器 花三嶋写 小皿  径12cm 高3cm

作 大橋 秋ニ

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No.230 ソルティドッグ

 年々、夏が長くなって今年もまだ5月というのに既に蒸し暑い。一般的に人は暑くなりかけの頃に冷たいメニューを欲するらしい。身体が慣れていないからなのだろうか。そんな蒸し暑い夕方に、久しぶりにソルティードックを作った。

近頃は柑橘類の種類が豊富で、どんどん新種が店頭に並ぶ。そのせいかグレープフルーツを見かける事が少なくなった。柑橘類が沢山並んでいるので、私が見落としているだけかもしれないが。私が子供の頃、柑橘類のバリエーションはそう多くなかった。みかん、夏みかん、はっさく、伊予柑、洋物ではネーブルとグレープフルーツ位なものだった。日本は農作物の品種改良で優れていると聞くから、苺と同じように産地のそれぞれで新作を作り出しているのだろう。輸送費も掛かる、遠い国から来るグレープフルーツは国産の新種に押されて消費が減っているのかもしれない。

とは言え、ソルティードックにはやっぱりグレープフルーツが欠かせない。搾りたてのジュースにウォッカを注ぐだけの簡単なカクテルだ。ソルティードックは、19世紀末にイギリスで生まれた “ソルティードックコリンズ” が原型とも言われていて、当時はジンとライムジュースに塩をシェイクした物だったらしい。確かにイギリスならウォッカではなくジンなのも頷ける。

名前の由来は、イギリスで “甲板員” を意味するスラングで “Salty Dog” 。潮風や波しぶきを浴びながら働くため塩っぽい彼らの事をそう呼んでいたらしい。ウォッカとグレープフルーツが主流になったのがいつ頃か、は私が調べた限りでははっきり判らなかった。しかし、その後の何度かの大きな戦争が関わっているのかもしれない。そしてジンより香りが穏やかなウォッカをベースにするならライムよりグレープフルーツの方がきっと美味しいだろうと思う。試した事はないけれど。

カクテルのグラスの縁に塩付けるのは “スノースタイル” と呼ぶそうで、見た目のお洒落さと塩加減を好みで調節出来るメリットも含めて、なるほど素敵なアイディアだと感心する。しかし、縁に美しく塩を付けるのは思ったより難しく、プロのようには行かない。ピンクグレープフルーツを使ったので、ピンク色のソルティドッグになった。

使ったグラスは Baccarat(バカラ) のローハンタンブラー。昔、友人から贈られたグラスだ。ぐるりと継ぎ目なく描かれた唐草模様はパリ万博で金賞を受賞した “アシッドエッチング”という手法によるものだそう。揺らした時に氷がグラスに当たる音も涼しさを誘う。

器 Baccarat ローハンタンブラー  径9cm 高9,8cm

作 Bacarrat