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うつわ道楽

No.13


 毎年、自宅から近い川沿いの桜並木に、お弁当を持ってお花見に出かけていた。が、去年は、当時まだよく得体の知れなかった感染症、新型コロナウィルスが世界中に恐怖をもたらしていて疑心暗鬼。出かけるのを断念して、お隣のお宅の庭の桜を二階のベランダから拝見しながら、作ったお弁当でお花見をした。まさか一年経ってもあまり状況が変わっていないなどとは思いもしなかったが。今年はどうしたものか。でも取りあえず、本物の桜はお預けにして、古余呂技の桜の箸置きでお花見しながらお弁当を頂こう。

 今回の主役は箸置き。花筏 と優雅な名がつく川瀬 竹春の箸置きだ。柔らかい生地の質感に、古余呂技窯の特徴的な黄、緑、青を使いふっくらした桜の花が華やかに手元を明るくする。使い古した塗りの俵型弁当箱には、鶏そぼろご飯と具入りの卵焼き、彩りのブロッコリ、そして甘みのある雪の下人参は、沖縄風にしりしりにして詰め合わせた。

箸置き 花筏 (はないかだ)

作 古余呂技窯 川瀬 竹春

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No.12

 土ものの器、特に備前焼のような大地の色、土の肌には瑞々しい野菜を盛ると美しく映える。

この蕪は冬の時期、石川(県)の蕪、として地元の八百屋に並ぶ。いつ頃からか、夏と冬とそれぞれに好きな蕪に出逢ってから、自分の蕪好きを自覚した。夏には野辺地、冬は石川。真白できめの細かいその肌を見るとうっとりする。どちらも肉質が柔らかく、火を入れずに生でサラダや浅漬けにしていただく。もちろん煮物や味噌汁にしても甘味が増して美味。季節ごとに色々な料理で楽しませてもらう。その石川の蕪が、数日前に買いに行ったら八百屋に見当たらない。聞いたら『先週で終わったよ』と言われた。『だってもうすぐ桜だよ』と。確かに季節はもう春。さびしいけれど、これも旬の楽しみだ。家にひとつ残っていたこの蕪を、今年最後の浅漬けにしていただいた。蕪好きとして、次は初夏に登場する野辺地の蕪を楽しみに待つとしよう。

 この備前の器は、現在もご活躍の大澤 恒夫さんのもの。抹茶茶碗も作っていらっしゃる方だ。このお茶碗、元々お抹茶椀として作られたものかどうかは不確かだけれど、薄茶の緑もよく映えそうだ。

器 備前焼茶碗 径14cm

作 大澤 恒夫

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No.11

 裏庭で採れた蕗のとう。天ぷらで(4回前 No.7)いただいて残った分で、蕗味噌を作ってみた。使う味噌は自家製。今年も先月、2月に年に一度の味噌の仕込みをしたところだ。味噌を自分で作り始めて10年以上になる。当時の会社の同僚との会話で、彼女のお母様が毎年、味噌を家で作っている。と聞いてお母様に弟子入りした。初回は御自宅にお邪魔して一緒に作らせていただき、秋には自然で素朴、でもとても深みのある味わいの味噌が出来上がった。意外にも簡単に、思った以上に好みの味噌が出来、それ以来そのレシピで作り続けている。で、その自家製味噌で蕗味噌を作った。味噌が少し焦げた香ばしい香りを思い浮かべて、蕗味噌の焼おにぎりにしたら案の定、春の苦味と香ばしい味噌で、美味しく出来た。でも次回は味噌をもっと多めにすると良いかも。卵焼きと、蕪、胡瓜、大葉の浅漬けを作って盛り合わせた。

この古染の皿は生地が薄い上がりで、縁の緩やかな輪花も、絵柄も軽やかな印象だ。広い見込みには絵は無く、平かな部分が多いので盛り合わせが映える。

皿 古染付皿 径21cm

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No.10

  我が家では器だけでなく、家具も照明も雛人形も年代物が現役。実家のご先祖様の大正時代の雛人形が今は私のもの。本来の厄を流す目的の儀式として、昔は雛人形は家族といえども共有はナシ。だったそうだが、私は物心ついた頃からこの雛人形が大好きで新しいものが欲しいと思った記憶は一度もない。木目込みで一体が5cmほどの大きさ、五段飾りでも高さは40cm、ととてもコンパクト。お人形がそれぞれお内裏様とお雛様、三人官女、五人囃子、と木箱に収められて箱の裏に大正何年と覚書が入っている。昔の人は几帳面だ。箱はかなり傷んで蓋の用途を成さず、いちいち紐で結んである。おまけに雛道具とは思えないような少し怖い人形も一緒くたに収められていて、小さい頃は律儀に全部を並べるのが大変だった記憶がある。

 その中で、お気に入りは木をくり抜いて作られた茶筒、急須、お湯呑みのセットと、ちゃんと陶器で焼かれた器のセット。載せるお盆の径は楊枝の長さにも届かない程小さい。その、当時の私の楽しいおままごと道具も今のこの指では、食器を重ねて飾るだけでもひと苦労だ。とは言え、毎年二月も半ばに差しかかると、ひとつひとつ、また壊れかけた箱から出して飾るのが義務のようであり儀式になっている。そしておひな祭りの3日を過ぎたら、「お疲れ様。また来年」と労って仕舞うのものも毎年のお決まりの儀式。

ひな祭りには、ちらし寿司。 もちろん私が食べたいのだが、飾った雛人形にも小盛りにして差し上げる。こちらは、お雛様のサイズに合わせて川瀬竹春の紅白の梅の対のお猪口に。自分用には今年は呉須赤絵の皿を使った。筍、椎茸、酢蓮根や胡麻、大葉、穴子を混ぜ込んだ五目寿司に、焼き海苔と絹さや、錦糸卵をたっぷりと。お刺身も盛り合わせてばら寿司にする年もあるが、今年は別盛りにした。

器 呉須赤絵皿 径25cm

呉須赤絵は17世紀中国、漳州窯(しょうしゅうよう)のもの。1990年代に入って初めて、福建省漳州で明代窯址が発掘されて明らかになった。中国において呉須赤絵は粗略な大量生産品という位置付けで、近接する汕頭港 (すわとう)からアジア各地に輸出され、欧米では Swatow Wares の名で知られているそうだ。(参考: 静嘉堂蔵 呉須赤絵名品図録より抜粋 )

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No.9

 カフェ風にワンプレートに盛り合わせ、休日のブランチ。この時期が旬の芽キャベツ。ブロッコリとスナップエンドウ。濃い緑の野菜を茹で、大好きなアメーラトマトと作り置きのマカロニサラダ、キッシュも盛り合わせればこの大皿一枚で好物が揃う。

 この花柄の大皿はイングランド製。Susie Cooper(スージー クーパー)が、まだ Gray’s Pottery 窯でペインターを経てデザイナーをしていた頃のもの。後の1929年、27歳の誕生日に独立して Susie Cooper を設立している。Gray’s Pottery 時代、この皿と同じ花を描いた小皿とデミタスカップ&ソーサーも所持している。それらは、地肌が少し黄味がかって優しい雰囲気に仕上がっているが、この大皿は白磁の肌に大胆な花柄と太い黒を基調としていて主張が強く、絵皿としての完成度の高さゆえ、料理を盛るのも躊躇する。これより後の時代の Susie Cooper は、より優しい色使いと柔らかいデザインのものが多く、それはそれで使い勝手が良いし好きなのだが、この頃の若き Susie Cooper のパッション溢れる作品は、私の宝物だ。

GRAY’S POTTERY MANLEY ENGLAND Susie Cooper

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No.8

 裏庭の、今が満開の紅白の梅の木の下に、蕗が自生している。毎年育っても蕗としては茎が細く、スジを取って下処理をすると食する部分は割り箸ほどの細さ。だから今の時期、蕗のとうの状態でほとんどを収穫し、食卓で春の恵みを楽しむことにしている。一番の好物はやはり天ぷら。強すぎる苦味も緩和され、揚げたてのサクサクを塩でいただくと、口の中に春の香りが広がる。栽培方法の開発や改良によって、多くの野菜が一年中手に入る時代ではあるが、今でも蕗のとうは季節限定の楽しみだ。

薄衣を纏って淡い緑色に揚がった天ぷらは古染付の皿に盛った。こうして盛ると、3頭の馬が春の野に遊ぶかのようにも見えてくる。古染付は大好きで多く所持しているが、このサイズの皿は元々の数も少ないらしく、我が家にもこれ一枚きりだ。

器 古染付馬文皿 (径17cm)

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うつわ道楽

No.7

 人気の餃子。こだわって作られた専門店のもの、家庭での手作りの味、レベルの高い冷凍食品とそれぞれの美味しさで身近なメニューだ。日本で食される餃子のほとんどは焼き餃子だが、発祥の中国では地方にもよるが餃子と言えば水餃子なのだそうだ。 ちなみに中国では明の時代には既に存在したらしい。もっちりした厚めの皮に、具は肉、野菜、海鮮と多種多様で、おかずではなく餃子自体が主食として食される。。。そう聞くと、かなり乱暴だけれど日本のおにぎりを連想した。だがおにぎりのようなカジュアルな位置付けとは違い、中国では縁起もの。春節の頃に長寿を願って大晦日に年越しとして食べたり、元旦に豊作を祈って、と日本の年越し蕎麦やお節のような位置付けだ。

写真の水餃子。皮は一般的な焼き餃子用の市販のものを使ったので、水餃子にしては薄めだが、焼き餃子とは違って具が薄く透けて見える綺麗な乳白色に仕上がった。発祥の中国に敬意を表してこの明朝頃と思われる青磁の皿に盛ってみた。何を盛っても映えるお気に入りの皿。香菜を添え、漬けタレにナンプラーを加えたらアジアンな味わいになった。

器 青磁 八角皿

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No.6

 数日前、家の近くを歩いていて咲きはじめの紅梅を見つけた。開いているのはまだ数輪だ。かなりの老木で、高さは私の背丈より頭ひとつ大きいくらいの小さい木だが、細い枝が天に向かって突き出し、その枝の一本一本に色付いた蕾が沢山付いている。 立春とは言えまだ冷たく澄んだ空気の中、律儀にもいち早く春の気配を届けてくれる。

 古余呂技(こよろぎ)窯、川瀬 竹春は大好きな作家さんだ。白磁に黄や緑、青の釉薬を使って、ヘラで面を取った表面に柔らかな図柄の、なんとも優しい作風。それとは別に、この湯呑みのようにぽってりとした肉厚の白磁に、呉須、赤、黄、緑で古染の赤絵を模して描かれた作品も多い。

こよろぎ、とは変わった音だわ。とはじめ思ったが、竹春の作品を見ているとこの音が妙にしっくり来くる。この二代竹春が、父の初代と共に、1949年に京都から神奈川県大磯に移住し窯を持った。その後、1960年、父から独立して開いた窯を古余呂技窯と名付けた。古余呂技とは、以前大磯辺りをこう呼んでいたらしく、地名に由来するものらしい。

この湯飲みは最近ウチに来たもの。なるほど。竹春だわ。と納得する。一目で好きになった。実は、これでもお酒をいただいてみた。だがやはりこの湯呑みは、和菓子と一緒に緑茶をいただくのが似合う。

器 赤絵梅文 湯碗 古余呂技窯 二代 川瀬 竹春(順一)

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No.5

祝日を、週末に続く月曜日に移動して3連休にするシステムを移動祝日と言い、変わったのがちょうど20年前、2001年の事だそうだ。昔は成人の日と言えば1月15日と決まっていた。今年は残念ながら式典を取り止めた所が多かったと聞くが、私が成人式を迎えた頃は、この日にどこの市町村も一斉に成人式が行われたものだった。今は、その年の曜日の巡りで日にちは変わる。

しかし、節分は私の記憶の中では常に2月3日と思っていた。 うるう年が4年に一度巡って来ても節分は3日だったのに。と、これは私の素人考えの独り言。今年の節分は2日なのだそうだ。節分が1日前になるのは何と124年ぶりの事らしい。国立天文台の計算で導き出される立春(旧暦のお正月)の前日(旧暦の大晦日)に邪気を払う儀式が節分の豆まき。つまり今年の立春は2月3日。37年前、1984年には後ろにずれて5日が立春、4日が節分という年が有ったのだそうだ。私はすっかり忘れていたのだが。

 元来、穀物や液体などの体積を計るための容器である枡だが、お供えの米や豆を神様に捧げる器として、神聖なものとされていたのだそうだ。また、マスの音が “増す” や “益す” に通じ、縁起をかつぐ意味もあるらしい。

この器はその枡型のぐい呑み。ハレの日にお酒をいただくのに相応しい華やかな金蘭で、見込みに呉須で絵が入っている。どちらも12代 永楽善五郎、和全の作。重ねても上手くはまらないので、入れ子として作られたものではないらしい。奥の小さい方の器に、明治6年と有るので和全が50歳の頃の作と思われる。

器 金蘭手 酒器

作 永楽和全

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No.4

  茶碗蒸しが食べたくなって、小海老と百合根を買ってきた。あのとろっとした柔らかい卵が好きなので具は少なめが良い。だから用意した海老と百合根も、茶碗蒸しだけでは使いきれず残ってしまった。そこで、思いついて作ってみたのが写真の料理。中の具が透けて見えるようにお出汁味の寒天寄せ。料理屋さんを真似てお上品に。

 六角形のガラス器は、夏にはよく冷酒をいただくのだが、細かくひわった質感がとても繊細で、力を入れると壊れてしまいそうなほど。かなり以前から使っていて、今となっては作者は不明。それ程古い出来のものではなく、日本のガラス作家さんが作られた物だと記憶している。

具の三つ葉の緑を見ていて、受け皿には水仙の緑の葉が美しい、この乾山写しの皿を合わせたくなった。ガラスの素朴な質感と薄い土ものを合わせるのも面白いのでは。素人の道楽だからなんでも自由。菓子皿として使うのが普通だが、ソーサーとしてスプーンを添えて。滑り止めとキズ防止に、懐紙を切って底に敷いた。繊細な器には、木や竹のスプーンを使うと当たりも柔らかで安心だ。皿は全て違う絵柄が描かれた5枚組。

器 乾山写し 絵がわり小皿5枚組

作 清水 六兵衛