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うつわ道楽

No.3

 見るたびに思わず頬が緩んでしまう、このずんぐりむっくりの愛らしいフォルム。大量に作られたものには無い、ひとつひとつ手作りされた作品だからこその個体差。同じ作家の赤絵瓢型(ひさごがた)の徳利の中でもひときわくびれが少ない。

この季節、熱燗は最高のご馳走。熱い徳利から、その日の気分で選んだお猪口に注ぐ一連の動作にも楽しさが有る。ただ、前の 時代のお猪口はとても小ぶりで少々物足りなかったりする。  一般的に酒を呑む器を総称して盃(さかずき)と言う。『盃を交わす』の盃。しかし正しくは、特に平らな形のものを盃と呼ぶのだそうだ。お猪口は、小振りでひと口かふた口で飲み干すほどのサイズのもの。それより大きく、口に運んだ時に鼻まで隠れるような大きさのものをぐい呑みと呼ぶのだそうだ。しばらく前、世界的な日本酒ブームが起こったお陰で、和食以外でもビールやワインと並んで日本酒と言うチョイスが加わり、ワイングラスに注がれる光景も見かける。

この徳利は、ふたつの徳利と揃いのお猪口5つの揃いもの。同じく呉須赤江で開いた口に丸みを帯びた小振りのお猪口が組んでいる。が、私は土もので温かみのある徳利には、すっきりした  白磁のお猪口でいただきたい。

器 瓢型 酒器揃  白磁梅紋猪口

作 近藤悠三

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うつわ道楽

No.2

 おせち料理のルーツは意外に古く、奈良時代、朝廷内で行われていた節会(せちえ)に由来すると言う。季節の節目に開かれていた宴を正月に限定して『御節』おせちと呼ぶようになったのは江戸後期の事だそうだ。現代のおせちは江戸時代に雑煮に添えられた肴が進化して今の形になった。江戸時代、18C頃には今もおせちの定番である数の子、田作り、黒豆などが御節のメニューとして存在していたそうだ。

写真の古清水(こきよみず)焼の扇面の器はちょうどその頃、江戸時代18Cのものと推察されている。軽く当たっただけでも欠けたりヒビが入る甘い焼きの器が、美しい形で今も在るとは。  一体どれだけ大事にされてきたのだろう。作者不明の松竹梅が描かれたこの皿は、何も盛らずにそのもので眺めた方が美しいとも思える。が、これにお正月料理を盛って器と料理を肴に新年を祝えるとは何と贅沢で幸せな事かと感じる。因みに箱書きの銘には仁清と有るが、仁清の作とは思えない。いつの時代に誰が作ったものかは不明。

この器のように焼きが甘い場合は、そのまま使うと汁が染み込みシミとなって汚れが残るので色の濃い料理は避けるべきと思う。更に盛り付ける前に水かぬるま湯に入れて予め水分を含ませて色が入らないように、と気遣う。黒豆は、絵柄にちなんで梅の豆皿を使って盛り合わせた。

器 仁清松竹梅 地紙菓子皿(箱書きそのまま 箱の時代は不明)作 不明

料理 紅白なます 紅白蒲鉾 山葵漬け 黒豆

文中のおせちの歴史については、サライ公式サイト 伝承料理研究家  奥村彪生さんの記事を参考にさせていただいた。

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うつわ道楽

No.1

ある時、道楽で集まった我が家の器に料理を盛って記録に残したいと考えた。もう何年も前の事だ。        

我が家の器は、時代のある古い物が大半。縁あって今は私の手元に有る。多くの人々の手を渡って大事にされてきた器たちは、いずれまた次の誰かの手に渡り、大切に受け継いでもらいたいと願う。今、私の手元にあるこの器たちを記録にも記憶にも残したい。

主婦歴は長いが料理のプロではない。ブログも初めて。テクニックの未熟さはご容赦いただきたい。

日本の文化で新年のひとつの儀式、おせち料理。手持ちの器の大半は時代物、と説明していながら初回のお重は実は現代の作家さんもの。二人前の二段重ねに取り皿二で全四段段。漆の奥に透けて見える木目と木皮が美しい。

器: 木皮二段重箱 皿二枚付               

作: 漆芸家 本間 幸夫

料理: 車海老の旨煮 紅白なます 洋風のし鶏 牛八幡巻   菜花 黒豆 叩き牛蒡 鰤 慈姑 洋風.五色卵