No.274 花供曽(はなくそ)

久しぶりに京都へ行って来た。梅は終わり、桜にはまだ早い時期だからか、観光客も比較的少ないようだった。
以前から京都は好きで何度も行った事がある。中でも長い時はひとりで一週間近く滞在し、歩き回った事がある。確か2回ほど行った。ちょうど仕事を辞めて時間が出来た時だった。気ままに毎日歩き回った。その時の記憶を辿りながらも、まだ行った事のない神社仏閣は沢山有る。今回は、思いついて吉田神社へ行ってみた。京都大学に近く、気軽な飲食店が多い辺りだ。
吉田神社は貞観元年(859年)に平安京の守護神として創建された。境内には全国の神々を祀る大元宮や、料理の神様、お菓子の神様など様々な信仰のお社が点在する。君が代に謳われている『さざれ石』も祀られていて、実在しているのを知った。お料理の神様にも忘れずにお参りし、この吉田山をどちらの方面へ降りようかと考えながら歩いていたら、真如堂(真正極楽寺)の正面に出た。
ここにはご縁があって、以前何度か訪れた事があるのだけれど、素通りするのも失礼かとお参りし、涅槃図と奥の書院も拝観した。その時に分けて下さったのがこの『花供曽(はなくそ)』。
花供曽は、正月にご本尊にお供えした鏡餅を細かく砕いて黒砂糖を絡めたお菓子だそうで、名前は仏様にお供えする 『花供御(はなくご)』に由来すると伝わっているそうだ。このお菓子をいただくと、無病息災で過ごせると言うご利益がある。ありがたくいただいた。
お菓子は、梅と桜を蒔絵で描いた小さな菓子器に盛った。作者は 戸澤 左近。蒔絵で描かれた通り、本体には吉野の桜の木を使い、蓋は求来の梅の木が使われていると蓋裏に書かれていた。調べても明確には解らなかったのだが、この求来の梅、とは西念寺(京都、上賀茂の西向寺を指す事が多いらしい)にかつて有った梅の木で ”とこめかしの梅” と読むようだ。この寺で平安、鎌倉時代の歌人、西行法師が出家を決めた、とのいわれが有って、この梅の木も西行法師と関連付けられるようだ。いつの時代にどなたが書いたものか判らないけれど、箱に西行法師の歌の添え書きが入っている。
透漆(すきうるし)から透ける木目が美しい。金蒔絵を描いたのは 土佐 光貞 で、桜と梅の花が美しく描かれている。見込みは木地のまま。きっと以前からこういった干菓子などを盛って、大事に使われて来たのだろう。今の季節に使わせていただくのにぴったりな菓子器だ。

器 蒔絵 菓子器 径9,5cm 高4,5cm
作 戸澤 左近 蒔絵 土佐 光貞