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うつわ道楽

No.261 フォー

 スープ用に、と肉屋の店頭で手羽先を袋に詰めて売っていた。骨で鶏ガラスープを取ったことは有るけれど、と興味が湧いて買ってみた。スープの取り方はガラと同じ、生姜と長葱の青い部分を入れた。暫く煮込むと、鶏ガラよりも少し白濁した、とろみのあるスープが出来た。

このスープを何に使おうか、と考えて思いついたのがフォー。米粉の乾麺を買って来て、鶏の蒸した胸肉ともやし、パクチーを載せた。まろやかな鶏のお出汁は優しく、身体が温まる。

残りを冷蔵庫で保管していたらゼラチンを入れ過ぎたゼリーのようにかたく固まっていた。鶏出汁が冷えて固まるのは何度も経験しているけれど、こんなにしっかり固まるのは初めて。ゼラチン質、とかコラーゲンと言うけれど、と思って調べてみたら、

「ゼラチンはコラーゲンというタンパク質の一種で、温かい状態では液体に溶けていますが、冷えると固まる性質があり、この性質を利用したものが、『煮こごり』や『ゼリー』です。」

とある。ゼラチンとコラーゲンて分けて考えていたけれど、と知らなかった常識をまたひとつ学んだ。

 少し小ぶりの鉢が良いなと思って、使ったのは 永楽 善五郎 の鉢。第12代 永楽 和全 (1823〜1896) のもの。外側は茶の釉薬で口周りに鉄釉を施し、それが垂れて景色を作っている。見込みには笹の葉が緑と青、そして雪景色の白で大胆に描かれている。永楽の鉢なので、基本的には菓子鉢であろう。まさかベトナム料理を入れるとは、と鉢も驚いているかもしれない。けれどスープや麺の白と鉢の見込みが溶け込んで、とても美しい。楽しみながらいただいた。

器 笹図 鉢 径17,3cm 高8,5cm

作 第12代 永楽 善五郎 (和全)

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No.260 糠漬け

 八百屋で表面だけが緑色の大根を見つけた。切ると、外輪がほのかに緑で、薄切りにしてサラダに入れたり、少し前は刺身の盛り付けにも使った。普通の大根に比べると細くて短い。水分は少なく、身が締まっていて少し硬い。これはきっと糠漬けにしても美味しいだろうなと思って漬けてみた。歯応えがあって水分が少ない分、味がしっかりしていて美味しい。盛り合わせたのは人参と胡瓜。

 お皿は萩焼で、吉賀 大眉 (よしが たいび) のものを使った。白い釉薬が厚く掛かり暖かみのある質感で、縁にだけ鉄釉で細く線が入っている。調べると萩焼の白釉薬は藁灰と長石が成分で、長石が入ると、藁灰だけの時より厚く掛かると説明されていた。

吉賀 大眉(1915〜1991) は萩に生まれ、東京美術学校で彫刻を学んだ後、萩に戻って陶芸に転向。独自の手法を編み出し、萩焼の芸術性を高めたとされる。この皿もその手法のひとつで、独自の白釉薬を使った “大眉白” と呼ばれるもの。暖かみのある乳白色の肌に瑞々しい野菜の色が映える。

器 萩焼 小皿 5枚組  径13cm 高4cm

作 吉賀 大眉

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No.259 祇園坊

 粉を吹いた干し柿を模ったこのお菓子の名前は “祇園坊”。和菓子店の季節の生菓子だ。飴餡を求肥で包み、表面の粉は和三盆糖をまぶしてある。干し柿その物もお菓子として好まれるけれど、それを他の材料で作ってしまう辺りが日本の文化だろうか。

長い歴史を持つその和菓子屋の説明を見ると、この和菓子が初めて作られたのはなんと、天保11年(1840) 。柿の品種名の祇園坊から “祇園坊柿形” の名で売られたそうだ。200年近く昔にオリジナルが作られたお菓子を現在も作り続ける店の歴史もすごいけれど、今見ても遜色無く、魅力を感じさせるお菓子が作られていたことに感動する。

それは器にも通じる。材料や道具が入手困難で水道やガスや電気も無い時代に作られた物が、この今の世に生きる私達にも感動を与え、輝きを放ち続ける。昔の意匠が優れていたからだけではなくて、時代が変わっても、本質的に美しい物を感じる私達 “人間の感性” は普遍なのだろう。

 この祇園坊には上野(あがの)焼の皿を使った。上野焼は現在の福岡県田川郡、当時の豊前国上野に開かれた。豊臣 秀吉の朝鮮出兵の引き上げの際に、加藤 清正が連れ帰った陶工、金 尊楷 (上野 喜蔵)が、細川 忠興の小倉城入城の際に招かれ、この地に窯を開いたのだそうだ。最初の窯は皿山窯(本窯)、釜の口窯、岩谷窯(唐人窯)の3つで、これらは上野古窯と呼ばれる。江戸時代には茶人にも好まれ、遠州七窯のひとつに数えられた。明治時代に一度衰退したが、1902年に復興、現在は指定伝統的工芸品の指定を受けている。

上野焼の特徴は、生地が薄くて軽い事と釉薬の色が多く、窯変によって千差万別の模様を作り出す事で、基本的に絵付けはされない。この皿も、釉薬が厚く溜まって盛り上がり、部分的に素地が見えている、この手法は紫蘇手と呼ばれる。紫蘇手は江戸時代後期に多く作られたらしいのと、裏の印からこの皿も江戸後期の物と推定される。5枚組で、それぞれの釉薬の模様はことごとく違っていて面白い。この、黒の紫蘇皿には祇園坊が良く似合う。

器 上野焼 紫蘇皿 5枚組  径12cm 高3cm

作 不明

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No.258 帆立の昆布締

 新鮮な帆立貝の貝柱は、それだけで甘くて美味しいけれど軽く昆布締めにすると味が凝縮し、旨味がねっとりと舌にからみつく。

 帆立貝の形をした皿には、やはり帆立を盛ってみたくなる。この皿はいつ、どこで作られた器なのか判らない。添っている箱が無いので情報も無い。皿を見ると、まるで古染付のような肌で裏には高台が無く、帆立貝を模した筋が走る。絵は西洋の更紗を思わせるし、呉須は縁取りのほんの一部に使われているだけでほとんどは赤、そこに所々金泥が乗る。東洋と西洋が混在する、華やかさと可愛らしさも同居する、不思議な皿だ。料理を盛るより飾って楽しむための皿なのかもしれない。

帆立の昆布締めは、八百屋で見つけた皮が翡翠色の大根、ブロッコリースプラウトと盛り合わせた。つまに工夫を凝らして盛り合わせるのも楽しみがある。

器 赤絵 帆立貝皿  径 縦16,5x横16cm 高 3,5cm

作 不明