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うつわ道楽

No.278 独活のきんぴら

 うどは香りと共にしゃきしゃきした歯ざわりが独特。マヨネーズをつけるだけでも美味しいし、わかめやきゅうりと盛り合わせて酢の物にもする。味噌汁も美味しい。

灰汁が強く、表面には少し硬いヒゲのような毛が生えているから皮は厚めに剥く。そうするとその剥いた皮だけでもある程度の量になるから、いつも捨てられずに溜めておく。一度に食べる量だけでは足りないけれど、一本食べ切る頃には、皮だけでもある程度の量が溜まるので、それをきんぴらにするのが好きだ。

きんぴら、と言うと一般的に牛蒡と人参を使った料理名だけれど、砂糖や味醂、醤油で味付けた甘辛い味は根菜を美味しくする。蓮根や筍、うどのきんぴらは季節には必ず作る。蓮根は穴が見えるように輪切りにするが、筍は下の硬い部分、うどは皮を繊維に沿った細切りにして作ると食感の良いきんぴらが出来る。

うどのきんぴらには黒胡麻と唐辛子を加えて、小鉢に盛り付けた。箱もなく、名(めい)も無い。名の有る陶芸家が作った器ではないと思うが、何とも愛らしい。六角形に開いた口から、少し丸味のある胴体、そして底と高台の円形に繋がる。口の作りは薄いけれど、下に行くに従って厚くなっていて、外側の輪郭と見込みの形に少しの違いが生まれる。きっと、その微妙な差が不思議な愛らしさの理由かもしれない。口に回された呉須の線と、見込みから外側に続く素朴な枝物の風景もこの器の形にとても馴染む。どんな風に作られたのだろう。大切に使って行きたいと感じる器だ。

器 染付 六角小鉢 六脚  径8,4cm 高4,2cm

作 不明

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No.277 筍煮

 今年の筍はとても柔らかくて香りが良い。少し前に合馬の筍が届いた。今年は “表年” と言われる豊作の年で、表年と裏年が一年毎、交互に巡ってくるらしい。地下茎の老化や葉の生え変わるサイクルが理由だとか。植物は、花も多く開いた次の年は少なかったりするけれど、一年おきに休息が必要なのだろう。

筍は、別に煮た厚揚げと一緒に盛り合わせた。汁に少し浮く厚揚げの油を筍が纏って、こくが加わる。庭の山椒はあっという間に大きく育っているけれど、生えたばかりの和芽を選んで香と色を添えた。今年も変わりなくこのご馳走をいただける事に感謝する。

 美しい青磁の鉢は、川瀬 忍(1950〜)のもの。何度も登場している、私が大好きな古余呂技窯、二代 川瀬 竹春 の長男で、18歳から祖父の初代 竹春、二代の父のもとで作陶を始めた。中国、宋の時代の青磁を研究し、祖父や父が得意とする古染め風の呉須や色絵ではなく、独自の青磁を確立した。

宋の青磁に倣った緑味の強い色に料理が映える。見込みは、引き込まれるようなぬめりのある透明感。滑らかに開いた縁に鉄釉で線が回されている。外側の肌に付けられた盛り上がる几帳面な筋に青磁が掛かって、現れる色の濃淡が美しい。

器 青磁鉢  径21cm 高7,8cm

作 古余呂技窯 川瀬 忍

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No.276 金沢 棒鮨

 金沢へ旅した方から棒鮨が届いた。近江町市場のお鮨屋さんのもので、海老、鯖、のどぐろの三色。身が厚く、彩りも美しい。現地に行けば鮮魚のにぎりのお鮨が美味しいだろうけれど、魚を加工して、日持ちするように工夫した押寿司にはまた別な美味しさがあって好きだ。

押寿司にはふたつあると思う。京都の鯖や鱧など、海が遠く鮮魚を手に入れるのが困難だったからこそ出来たものと、この金沢の棒鮨や富山の鱒寿司のように、豊富に手に入る故にそれを日持ちするように考えたもの。どちらも今のように全国、世界どこからでも食材を取り寄せる事は出来ず、冷凍技術も無かった時代に、人が美味しい食を求めて作り上げて来たのだろう。

身の厚い鯖とのどぐろは脂が乗っていて旨みがある。海老も鮮やかな色が美しい。この棒鮨を何に盛ろうか考えた。普通に平皿に盛ってももちろん美しいだろうけれど。そこで古い文化の残る金沢を思い浮かべて、扇の縁のある器を使った。この志野織部の重厚な器にも負けず、棒鮨の存在感が際立つ。

 この扇面の器の時代と作者は不明。扇の三角形に合わせて作られた箱に納められ、その長い二辺で不均等につづら掛けに紐が掛けられている。箱もいつの時代に作られた物か、かなり古い。蓋の表に『絵志野 半開扇 肴鉢』と書かれている。

元々志野は穴窯で焼かれていたそうだ。それが次第に生産性の高い登窯が多く作られ、志野に変わって織部が焼かれるようになる。この、織部の時代に志野風のものが出来ていて、これを志野織部と呼ぶ。

穴窯で焼いていた頃の志野は、造形は簡素で厚く釉薬が掛かり、鉄釉で絵が描かれていた。が、志野織部は織部焼のように造形に凝っていて、釉薬は薄くて光沢がある。志野織部とは、織部の特徴的な緑や黒を使わない、鉄釉で描かれた絵と白釉だけの織部焼の事を呼ぶのだそうだ。なるほど、としっくり来た。確かにこの扇面も緑が加わったら織部焼そのもの。それを知るとこの器の見方も少し変わるわ。と眺めながら棒鮨を美味しく味わった。

器 絵志野 半開扇 肴鉢  径35x20cm 高5,5cm

作 不明

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No.275 菜の花 (生菓子)

 いつの間にか関東では桜が散り、もうすぐ菜の花の季節。今年はお天気に恵まれず、青空の下で満開の桜を見る事は出来ず残念だった。

 この食籠の桜は見事だ。厚く掛かった釉薬の下に、所々桜色の土が覗く。薄い灰色の釉薬が厚く盛り上がって、花の量感と奥行きを、そしてその上に白い花が描かれていて、一本の木を覆う満開の桜の花が見える。この桜は、食籠の蓋のまるみに描かれている。そのせいで満開を迎えた木の立体感をより強く感じるのだろう。もしこれが大皿の、窪んだ面に描かれていると想像してみる。きっと印象は違うはずだ。絵画と違い、用途や形が様々にある器に描くのは、作り手にとって醍醐味がありそうだ。

 作ったのは、京焼の 仁阿弥 道八 (にんあみ どうはち 二代 高橋 道八 1783〜1855)。その道八が一方堂窯で焼いた一方堂焼だ。一方堂窯は、江戸時代末期、天保年間 (1830〜1844) に京都の豪商 角倉 玄寧 が嵯峨の別荘に築いたお庭焼の窯。『一方堂』は、その玄寧の号だそうだ。道八を招いた事で、その後も道八の影響を受けた茶器や酒器を焼いていたらしい。窯の作品には 『一方堂』 の印を押していた。この食籠にも本体の裏にその印がある。もうすぐ迎える菜花の淡い緑と黄色のお菓子を盛った。

器 桜花満開蓋物  径17cm 高11,8cm

作 一方堂焼 仁阿弥 道八 (第二代 高橋 道八)