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うつわ道楽

No.287 蛸の酢の物

 直径が20センチ程の丸い皿の縁を、大胆に切り取って作ったのだろう。轆轤目が残る舟型の皿は、第二代 清水 六兵衛 のもの。箱も無く、数も揃っていない。3脚有る皿はそれぞれに入(にゅう)やホツ(欠け)が複数あってかなり傷だらけ。とは言え、とても魅力のある皿だ。全体のピンクがかった肌に、窯の中で焼いた時に現れる丸く色が抜けたように白い斑点が散っている。

一度丸く作ったらそれで完成でも良いものを、と思ってしまうけれど、きっと作者には丸い器の中にこの形が隠れているのが見えたのだろう。縁の切り口は水平で、鋭い断面がシャープな印象を与える。他の土を使ったこの形の皿が有っても、きっと素敵だろうなと想像する。備前とか、唐津とか。でもこの優しい色が、このシャープな造形を引き立てているのかもしれない。口周りの鉄釉の幾何学な線が色と形を引き立てている。

 夏至が過ぎ間もなく半夏生を迎える。半夏生は夏至から数えて11日目からの5日間を指す。昔は、半夏生までに田植えを終える、と言った暦の上での目安だったそうだ。各地で食習慣の違いが有るが、関西では稲の根が良く根付くように、と8本足の蛸を食べる風習が有ると聞く。梅雨の最中、さっぱりした酢の物が食べたくなって胡瓜とわかめに真蛸を添えた。

器 舟形小鉢  径14x10cm 高5,5cm

作 第二代 清水 六兵衛

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No.286 水茄子の浅漬け

 近頃は茄子も種類が多い。元々、地域性のある品種はその地方の料理として訪れた時の楽しみであったのだけれど、今は地元の八百屋でも手に入る。私が子供の頃から食べていたのは宮城の長茄子漬け。両親の由来が仙台なので、馴染みがあった。焼き茄子に適した長茄子は主に九州、熊本産で長さが50センチ程もある。こちらも今や地元の八百屋で手に入るのだけれど、宮城の漬物の長茄子は長さがヘタを入れても10センチ程と小さく、形のまま漬け込まれている。

こうしてみると茄子の漬物は多い。長茄子漬けに泉州の水茄子、柴漬けにも茄子が入っている。イタリア料理や地中海料理、中華料理にも茄子は欠かせない。油と相性が良い反面、油っ気の無い漬物でもその実力を発揮する、茄子は不思議な野菜だなあと改めて考える。

今年も水茄子が出て来たので浅漬けを作った。使った小皿は瀬戸の加藤 春岱(1802〜1877 かとう しゅんたい)。多彩な手法を使いこなした方らしいが、この皿は型もの。轆轤でひくのではなく、土を型にはめて作られている。見えにくいのだけれど、見込みと皿の縁に凹凸で模様が付けられている。散っている黒い点は、鉄釉を吹墨で散らしたもの。呉須の吹墨は良くあるけれど、私はこの色だとすぐには吹墨と判らなかった。

 江戸から明治にかけて瀬戸焼の陶工だった春岱は、瀬戸赤津御窯屋三家の一つの仁兵衛家の16代(15代とも)弥宗右衛門景典春山を父に持つ。春岱は技能の高い陶工だったがその人生は紆余曲折だったらしい。その腕を持つ春岱がこの型ものの皿をどんな経緯で作ったのだろう。

轆轤で引いた、陶工の腕を魅せる味のある器とは違うけれど、それとは別の素朴で親しみやすい魅力がある。薄くて形も揃うので、実用的な使いやすさがある。

器 瀬戸 型物 吹墨小皿  径12cm 高2cm

作 加藤 春岱

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No.285 青梅 (生菓子)

 我が家の梅の木になる青梅が、そこに置いてあるのかと思うような生菓子を見つけた。透き通るような翡翠色、大きさも程よい。並べてみたくなって買って来た。中は白餡、外側を青梅色のぎゅうひで包んだお菓子は舌の上で優しい甘さが広がる。さて、何に盛ろうかと考えた。

 これは鷺だろうか。白い鳥が蹲っている。灰色がかった地肌に白い釉薬が、皿の見込みのかなりの部分を覆っている。身体全体を現す細かい描写は無いけれど、鉄釉で描かれた嘴と眼、尾の羽だけで鳥と判る。眼の描写もはっきりしないのだけれど、鳥の視線はこちらに向けられているように見える。

残念ながら皿の一部は割れていて、共直し(ともなおし)でつけられている。皿は 永楽 妙全 の作と思われるが、大事に扱えば直しがあっても支障はない。肩肘張らず、お茶菓子を盛るのにちょうど良いようだ。透き通る青梅の緑が良く映える。

器 鳥小皿 径11cm 高2,8cm

作 永楽 妙全

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No.284 蕗

 今年の我が家の裏庭の蕗の薹は不作だったけれど、蕗はいつものように生えて来て、細いながらも食べごろに育ったので、お出汁で炊いて煮物にした。

蕗の上に茂る白梅の木には、沢山の実が付いている。昨年大量の実がなったから、今年は少ないものと思っていたのだけれど、意外にも今年も豊作。近頃の暑い夏の気候が合っているのだろうか。そろそろ梅仕事も始めなくては、と頭上を眺めつつ蕗を収穫した。

 使ったのは 仁阿弥 道八の絵高麗の小皿。鉄釉で描いた後で、釘で線を加える、鉄釉を削って地肌の色を露出させる技法だ。箱も無く、4枚ある皿は皆どこかに入(にゅう)が有って、ずいぶん使われて来たのだろうと感じる。大きさも手頃で、とても使いやすい。以前の持ち主達もよく使ったのだろうと想像がつく。

 我が家で育つ蕗は、八百屋さんの店先に並ぶ物と比べると太さは半分もなく、皮を剥いたら割り箸程の細さだけれど、毎年の季節の恵みを大事にいただいた。

器 絵高麗 小皿  径11,8cm 高2,5cm

作 仁阿弥 道八