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うつわ道楽

No.300 月見酒

 中秋の名月を眺めながら、と言いたい所だけれど今年は予報を見ると雲が出て期待出来そうにない。昨夜、中秋の名月には一日早いけれど、明るい十三夜の月を眺めた。

秋雨と台風が重なって、未だ大きな被害に遭われている地域の方々を思うと穏やかに月を見上げていられる事は幸せだ。昔の人は、こうやって月を見上げて安全や五穀豊穣を願ったのだろうなと考えながら、ふとドラマで紫式部も月を見上げていた事を思い出して、調べてみた。

 月見が日本で始まったのは、平安時代だそうだ。800年代(貞観年間 859〜877)に中国から『お月見』や『望月』といった風習が日本の貴族社会に伝わった。舟の上で水面に映った月を眺めながら宴を催したりしたらしい。お月見が庶民にも浸透したのは江戸時代になってからで、この頃には稲や芋の収穫を祝い、感謝する意味合いが強くなった。

『中秋の名月』とは、旧暦の8月15日の十五夜に月見をする習わしのこと。旧暦で秋は7月~9月、その間の8月15日を中秋と呼んでいた。この中秋にあたる8月15日の夜に昇る月を『中秋の月』と呼び、さらにこの頃の月が特に美しく見えることから、『中秋の名月』と呼ばれるようになったそうだ。そもそも中秋の名月は必ずしも満月とは限らない。むしろ満月とは重ならない事の方が多いという。私も最初知った時は満月でない月を名月と呼ぶ事に正直、驚いた。月の軌道は楕円形であるため、満ち欠けの周期が一定ではなく、新月から満月までの周期に最長で15,6 日、最短で13,9日と幅があるからだそうだ。更に、お月見の行事は十五夜だけではなく「十三夜」と「十日夜(とおかんや)」があり、3つの月見を合わせて『三月見』と呼ばれる。

 記念するべき300回だし、どうせなら、と箱から出して素敵な酒器を用意した。備前の徳利と白磁の盃を塗りの盆に載せたらとても良い風情だ。徳利は 北大路 魯山人 の物。何を作ってもさすが、と感じるけれど、魯山人の備前は他の備前焼きと何かが違う。代々の窯に伝わる”何か”にとらわれないせいだろうか。合わせたのは 八田 円斎(1862〜1936)の瓔珞文(ようらくもん)の盃。瓔珞文とは、判り易く言えばアラビアンナイトの様な装飾模様。盃の見込みの縁を彩る、インドの装飾品をモチーフにした高貴な吉祥紋様の事だ。外には赤の丸の中に金で象が描かれている。こんな小さな盃の中に煌びやかで優雅な世界が感じられ、贅沢なお酒のひとときを楽しんだ。

器 備前徳利  径7cm 高11cm

作 北大路 魯山人

器 瓔珞手 さか付き 二  径5,8cm 高2,3cm

作 八田 円斎